出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…マザランが没した翌61年から親政を開始した。〈朕は国家なり〉という彼の言葉が示すように,ルイ14世は国務に関するすべての決定を自ら行おうと努め,同時に手足となる官僚機構の整備に力を注いだ。中央では宰相制を廃止,国王自ら臨席する最高国務会議の権限を強化し,地方では,国王の直轄官僚である〈地方長官(アンタンダン)〉の制度を確立した。…
※「朕は国家なり」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...