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アカデミー 【アカデミー】

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世界大百科事典 第2版の解説

アカデミー【academy 

高等教育機関の呼称,また学術団体総称古代アテナイ近郊にあったプラトン学園アカデメイアに由来する。アカデメイアはもともとが哲学教育私塾であり,そこから高等教育機関をアカデミーと呼ぶ習慣が生じた。アレクサンドリア学術文化隆盛に導いたプトレマイオス1世,古典文化摂取のため宮廷学者詩人を集めたフランクカール大帝オックスフォード大学母体となる学園を創設したイギリスアルフレッド大王たちは,この言葉の中に教育施設の意味合いを強くこめていたものと思われる。


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大辞林 第三版の解説

アカデミー【academy
 
〔プラトンが創設したアカデメイアに由来する〕
西洋諸国で,一国の知性の粋を集めて作った指導的団体。アカデミー-フランセーズが有名。学士院。翰林院(かんりんいん)。
大学・研究所など,学問・学芸の中心となる団体・機関の総称。


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デジタル大辞泉の解説

アカデミー 【academy/(フランス)acadmie】
 
プラトンが前387年ころアテネ郊外設立したアカデメイア(Akadmeia)という学園に由来する》
西洋近代諸国で、学問芸術に関する指導者・権威者の団体。学士院。翰林院(かんりんいん)
学芸に関する教育・研究機関の称。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アカデミー
academy

プラトンがアテネの近郊,アカデモス神を祀った神域に学園アカデメイアを開いたのが起源。学士院のような学界最高機関や,高等機関をはじめ,種々の学校教育機関の意味に使われるなど多義にわたる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。


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百科事典マイペディアの解説

アカデミー

(1)前387年ころ,プラトンが創設した学校。古代ギリシア語ではアカデメイア。アテナイ近郊の公共体育場の名にちなむ。弟子たちに引き継がれて約900年続いた。
※本文は出典元の用語解説の一部を掲載しています。


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世界大百科事典内のアカデミーの言及

【学会】より
…学問分野によって学会の性格が異なるのは当然であるが,個々の学会は,その設立の経緯,規模,組織形態,機能など千差万別である。たとえば,英語で学会を表すのにacademy,society,association,instituteなど多くの語が用いられることも,学会の多様性の反映とみることができる。しかし,一応の目安として学会が具備すべき基準・条件としては次の五つが考えられる。…
【アカデミズム】より
…プラトンはアテネ郊外のアカデメイアを中心に学問を講じたが,ここでは俗塵を離れてひたすら真理を探究する精神が称揚された。アカデミーとアカデミズムはここに起源をもち,学問研究の中心をなす学術研究者の団体や研究機関や学校がアカデミーと呼ばれ,世俗を離れた純粋な研究態度がアカデミズムと呼ばれるようになった。ルネサンス以降,学問の発展,分化に伴い,自然科学や美術のアカデミーもつくられ,18世紀啓蒙期にはすべての学問芸術arts and sciencesを総合するものとしてのアカデミーがヨーロッパ諸国につくられ,学芸の水準と権威を高めることに役だった。…
【画家組合】より
… 画家組合は各都市の繁栄の中で,親方画家に独立し安定した活動の場を保証し,作品の質を一定水準に保つ上で有効な組織であったが,イタリアでは15世紀末ごろから絵画,彫刻がいわゆる〈芸術〉として単なる手工芸から区別されるようになり,抜けがけを防ぐことを目的とした組合の規約や実践中心の修業法への不満が台頭してくる。かくして16世紀に自由で理論的な芸術探求のための集りとしてのアカデミーが発達し,従来の組合も併存したものの,アカデミーに従属してその拘束力は弱まっていった。これに対しネーデルラントでは16,17世紀にも依然中世以来の画家組合(彫刻家,ガラス絵師,画商なども含むことが多い)が実質的に機能していたが,17世紀後半にはイタリアやフランスの先例にならって各地にアカデミーが誕生している。…
【工房】より
…しかし,経済的事情や研鑽を積む目的で,資格取得後も著名な画家の工房で助手を務める者もあり(例えばルーベンスの工房におけるファン・デイク),またこれとは別に顔料を砕くなどの下働きに一生従事する徒弟も存在した。16世紀以降イタリアから始まって各地に,職人とは区別された芸術家の団体であるアカデミーが設立される。しかし,アカデミーでは主として理論面の教育が行われ,17,18世紀になっても芸術家の技術的育成は依然として個人の工房を中心に行われた。…
【古典主義】より
…宗教戦争の終結後,王位についたルイ13世の治下で,宰相・枢機卿リシュリューは,統一国家としての秩序と調和への意志を,政治,経済,文化のあらゆる局面における中央集権体制の確立によって果たそうとする。その文化政策であるアカデミー・フランセーズ創設(1635)や文人,芸術家の庇護は,上からの改革として古典主義の確立に大きな役割を果たし,アカデミー・フランセーズの中心人物シャプランJean Chapelain(1595‐1674)は,16世紀以来のイタリア人文学者を中心とするアリストテレス《詩学(創作論)》の読解を受けて,古典主義の理論的基準となる規則論を確立する。1637年初演のP.コルネイユの悲喜劇《ル・シッド》をめぐるアカデミー側と作者側の規則論議(いわゆる〈ル・シッド論争〉)は,40年代のコルネイユ自身の〈規則にかなった悲劇〉(《オラース》《シンナ》《ポリュークト》)の制作と成功によって,実践の領域へと超えられていく。…
【サロン】より
…リシュリュー,コンデ大公,コルネイユらを常連としたこのサロンは,約半世紀の間繁栄した。1629年に始まったコンラールValentin Conrart(1603‐75)のサロンは,ボアロベールやシャプランの集会所となり,アカデミー・フランセーズ誕生(1635)の母体となった。フロンドの乱(1648‐53)のころには政治サロンも開かれたが,以後はスキュデリー嬢のサロンを中心に,フランス語の洗練に主力が注がれた。…
※「アカデミー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。


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アカデミーに近い言葉→アカデミー室内管弦楽団|コム・アカデミー事件|早稲田アカデミー|アカデミー賞|全米科学アカデミー|米国科学アカデミー|アカデミー辞典|アカデミーフランセーズ|米国芸術科学アカデミー|コムアカデミー事件

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