改訂新版 世界大百科事典 「アタリー」の意味・わかりやすい解説
アタリー
Athalie
フランスの劇作家ラシーヌの最後の劇作,韻文五幕,合唱入り悲劇。1691年作。前作《エステル》(1689)同様,ルイ14世の寵妃マントノン夫人の依頼でサン・シール女子学寮のために書かれた宗教悲劇。91年には宮廷で質素な総稽古が行われただけであり,コメディ・フランセーズ初演は1716年。旧約聖書《列王紀》と《歴代志》を典拠に,ユダ王国に君臨しバアルを信仰する女王アタリー(アタリヤ)を,エホバ(ヤハウェ)の大神官ジョアード(エホヤダ)が倒し,王子ジョアス(ヨアシ)を戴冠させるクーデタを扱う。己が権力を不動のものとするために自分の子の一族を皆殺しにしたアタリーは,夢に少年により暗殺される光景を見て不安になり神殿を訪れるが,そこに夢の少年の姿を見て動揺する。一人彼女の凶刃を逃れたジョアスだった。神霊によってジョアードがする預言は古代悲劇の降霊呪術歌に通じ,また,エホバのわなに落ちながら,この恐るべき神に最後の挑戦としてユダ王国への呪詛を投げつける女王アタリーには,破壊的な情熱を生きることによって〈聖なるもの〉と対決するラシーヌ悲劇の人物像の一典型がある。
執筆者:渡辺 守章
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報