日本大百科全書(ニッポニカ) 「イブン・トゥファイル」の意味・わかりやすい解説
イブン・トゥファイル
いぶんとぅふぁいる
Abū Bakr ibn Tufayl
(?―1185)
中世スペインのアラビア語著述家、哲学者。ヨーロッパではアブバケルAbubacerともよばれる。グラナダ近くのワーディー・アーシュ(カディス)で生まれ、グラナダで医学、数学、哲学などを修めてから役職につき、のちに学者として名をなしてモロッコのアル・ムワッヒド朝宮廷に迎えられ、この地で没した。著作としては『ハイイ・イブン・ヤクザーン』(目覚める者の息子、生ける者)しか残っていないが、この作品は文学史および思想史の両面から高く評価されている。ハイイ・イブン・ヤクザーンというのは主人公の名で、幼くして孤島にひとり捨て置かれたが、アッラーの加護のもとに成育し、植物や動物についての知識を得、長ずるに及んで自然の摂理を知り、哲学的思索をするに至るという、一種の哲学的小説である。大哲学者イブン・シーナー(アビケンナ)に同名の小品があり、これを構成し直したものと考えられる。全体にイスラム神秘主義の色彩が感じられる。1349年にヘブライ語に訳されたといわれるが、中世ヨーロッパには知られていなかった。1671年にイギリスのエドワード・ポコックEdward Pocock(1604―1691)がラテン語に訳して広く読まれ、これをもとにヨーロッパの各国語に訳された。デフォーはこれを読んで『ロビンソン・クルーソー』の着想を得た。また成長小説的な内容から、ルソーの『エミール』ともしばしば対比される。
[矢島文夫 2016年10月19日]