家庭医学館 「インスリン依存型糖尿病」の解説
いんすりんいぞんがたとうにょうびょう【インスリン依存型糖尿病 Insulin-dependent Diabetes Mellitus (IDDM)】
[原因]
[症状]
[検査と診断]
[治療]
[どんな病気か]
膵臓(すいぞう)からのインスリンの分泌(ぶんぴつ)が極めて低下しているためにおこる糖尿病です。おもに小児期に発症するため、若年性糖尿病(じゃくねんせいとうにょうびょう)とも呼ばれ、ほとんどが1型糖尿病に含まれます。
この糖尿病の治療には、インスリン製剤の使用がぜったいに必要です。
日本の小児人口に対するインスリン依存型糖尿病の報告数(有病率)は、10万人に約8人といわれています。欧米では、日本の10倍から30倍の有病率を示しています。
[原因]
インスリン依存型糖尿病は、自己免疫疾患(じこめんえきしっかん)(免疫のしくみとはたらきの「自己免疫疾患とは」)の1つであることがわかっています。
インスリン依存型糖尿病になった人の血液を検査すると、ランゲルハンス島の組織と反応し、そこに障害をおこさせるランゲルハンス島抗体(こうたい)(ICA)やGAD抗体という自己抗体が見つかることが多いのです。これは、からだに侵入してきたウイルス、細菌などの外敵を退治し、身を守るための免疫システムが、本来守るべき自分のからだを攻撃するようになったことを示しています。自己免疫をおこしやすい体質は、遺伝すると考えられています。
しかし、自己免疫をおこす体質の人のすべてがインスリン依存型糖尿病になるわけではありません。遺伝的な要素に加えて、ウイルスの感染、化学物質の影響などの環境因子が引き金になって、インスリン依存型糖尿病を発症させる自己免疫がおこってくるのです。
これまで、この糖尿病は急速に発症すると考えられていましたが、自己免疫が始まってから症状がおこってくるまでに、数か月から数年の経過があると考えられるようになっています。
[症状]
インスリン依存型糖尿病の症状は、急速におこってきます。
高血糖(こうけっとう)のために血液の浸透圧が上昇します。その結果、のどが渇き、よく飲料を飲むために尿量が増えて多尿(たにょう)になります。尿量が増える結果、再び夜尿(やにょう)が始まることがあります。
からだの水分が不足しやすく、皮膚に張りがなく、熱が出たりします。
インスリン不足の結果、ぶどう糖がエネルギー源として利用されず、代わりに体内のたんぱく質や脂肪がエネルギー源として利用されるために、たんぱく質や脂肪の分解が進行し、体重が減り、疲れやすくなります。
脂肪の分解のためにケトン体(たい)という物質が生じるようになり、これが体内にたまると血液が酸性に傾き、糖尿病性ケトアシドーシスと呼ばれる状態になります。こうなると、アセトン臭(しゅう)といって、はく息が甘くにおうようになります。また、腹痛や嘔吐(おうと)などの消化器症状が現われ、深い呼吸となり、ついには、昏睡状態(こんすいじょうたい)におちいります。
糖尿病性ケトアシドーシスは、糖尿病が悪化したときのほか、病気やストレスなどで血糖のコントロールが著しく乱れた状態になるとよくおこります。
[検査と診断]
血液検査の結果、高血糖であることが明らかで、典型的な症状があれば、それ以上の検査はいりません。ただちに治療に移ります。
学校の検尿で尿糖陽性(にょうとうようせい)となった場合は、ぶどう糖を溶かした液を飲んでもらい、血糖の推移やインスリンの分泌能力を調べるぶどう糖負荷試験(とうふかしけん)(「GTT(ぶどう糖負荷試験)」)を行ないます。受診したときは血糖値が正常範囲内であっても、受診以前に血糖値が高い状態が続いていることがあります。これを調べるため、血液中のグリコヘモグロビン(HbA1、HbA1c)やフルクトサミンなどの糖化たんぱくを測定します。
なかには、インスリン非依存型糖尿病と見分けにくい病型があります。ランゲルハンス島抗体やGAD抗体を調べると、この病型の診断に役立ちます。
[治療]
治療はインスリン療法が中心になりますが、食事や運動の注意を守ることもたいせつです。
●インスリン療法
生命を維持するためにインスリンの使用を欠かすことができません。
健康な人は、食事をして血糖値が上昇してくると、血糖値を低下させるインスリンが分泌されてきます。
インスリン依存型糖尿病は、このインスリンが分泌されてこないので、健康な人のインスリンの分泌状態に近づけるようにインスリンを補い、それに合わせて食事をとります。
インスリンは、注射で補うのが一般的な方法で、年齢や生活習慣に合わせて、1日に2~4回皮下(ひか)に注射します。
病気、ストレスなど、食事以外のことでも血糖値は上昇し、運動をすると下がる傾向があります。また、病気の際にはインスリンの効きが悪くなるので、食事をしなくても、血糖値に合わせたインスリン注射が必要です。
成長につれ、子どもに自立心が芽ばえ、8歳くらいになると、自分で注射ができるようになります(自己注射(じこちゅうしゃ))。
注射するインスリンは、遺伝子工学の技術を応用してつくられ、アレルギーの原因となる不純物を取り除いた合成ヒトインスリンです。
インスリン製剤には、注射してから、効果が現われるまでの時間・効き目のピーク・効果の持続時間などが異なる速効型、中間型、持続型の3種類があるので、特徴を生かして使い分けます。
インスリン専用の注射器と針には、必要な量が正確に注射でき、痛みを少なくする工夫が施されています。携帯に便利なペン型の注射器もあります。
インスリン注射を開始してしばらくすると、分泌されるインスリンの量が増え、注射の量を少なくできる「ハネムーン期」が訪れますが、やがてほとんどの膵臓のβ(ベータ)細胞が消滅し、注射量を増やさなくてはならなくなります。
それでも、インスリンを上手に使い、健康管理に注意していれば、治ったのと同じ状態を保つことができます。
そのためには、自分が使っているインスリンの特徴と正しい注射のしかたを子ども自身が学び、自分で血糖を測り(自己血糖測定)、その変動のパターンに合わせた注射量の加減を理解することが必要です。
●その他の薬物療法
治療はインスリン療法が原則で、経口血糖降下薬やインスリン抵抗性改善薬などは使用しても効果がありません。
ところが、食事前にインスリンを注射しても、食事直後の血糖値が高くなりやすい人もいます。この場合は、小腸での糖質の消化を遅らせ、ぶどう糖の吸収を緩やかにするα(アルファ)グルコシデース阻害剤という薬を併用することもあります。
●食事
インスリン依存型糖尿病の子どもも毎日、成長しているので、必要十分な栄養をとることが必要です。
エネルギー摂取量は、年齢と体格相応の所要量に加え、日常の活動に合わせた量とします。標準的な体格なら、同年齢の健康な子どもとほぼ等しいエネルギー摂取量と栄養配分にします。
食事は制限食ではなく、給食もふつうに食べるのを原則としますし、糖質の摂取を過剰に制限するのも不要です。
ただし、たくさん食べて、インスリンの量を増やすと肥満(ひまん)しますから、肥満度(子どもの肥満(単純性肥満)の「検査と診断」の肥満度)や身長の伸びなどをみて、摂取エネルギーを適切に保ちます。
●運動
適度な運動は、心身の発育に欠かせませんし、血糖値を下げ、血糖値のコントロールにも役立ちます。
しかし、運動にはエネルギーの消費がともないますから、インスリンを使用している子どもが不用意に運動を行なうと低血糖(ていけっとう)をまねく危険があります。
体育の授業やクラブ活動などで本格的な運動を始めるときは、運動の前、途中、後で血糖値を測定し、運動や血糖値のコントロールのやり方を調整する必要があります。血糖値や運動の程度に応じて、補食(ほしょく)(この項目の低血糖への対策)をとって、低血糖症の発症を予防します。
高血糖の程度がひどいときや、血中にケトン体が増えるケトン血症の強いときに運動すると、逆に血糖が上昇することがあります。この場合は、運動自体を中止する必要があります。
●低血糖への対策
インスリン依存型糖尿病の子どもの血糖値は変動しやすく、生活パターンの変化や運動などの影響を容易に受けます。血糖値が正常範囲に近づくにつれ、値が下がりすぎて低血糖(コラム「低血糖の症状」)をおこすことがあります。
低血糖の症状(コラム「低血糖の症状」)が1つでもみられたら、砂糖、ぶどう糖、しょ糖の入った飲み物やビスケットを摂取します(補食(ほしょく))。
意識がはっきりせず、口から摂取できない場合は、グルカゴンという血糖値を上昇させるホルモンを注射します。
低血糖に対する備えについて、主治医によく相談しておくことが必要です。
低血糖がおこらないようにしようとすると、血糖値はたえず高くなり、長い間には合併症をまねきます。低血糖発作や高血糖症状の有無をみる短期間のコントロールと、糖尿病の合併症に対する長期的なコントロールの両方をよくするように心がけましょう。
インスリン注射や血糖の自己測定は、当人や家族にとって、精神的・心理的負担になりがちです。運動の前後にとる補食も、周囲から特別な行為とみられがちで、精神的に負担となることが少なくありません。良好な血糖コントロール療法を続け、合併症の予防には、学校などの関係者からも、正しい理解と協力を得ることがたいせつです。