オリエンタリズム(英語表記)Orientalism

翻訳|Orientalism

デジタル大辞泉 「オリエンタリズム」の意味・読み・例文・類語

オリエンタリズム(Orientalism)

オリエント世界(西アジア)へのあこがれに根ざす、西欧近代における文学・芸術上の風潮。東洋趣味
東洋の言語・文学・宗教などを研究する学問。東洋学

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精選版 日本国語大辞典 「オリエンタリズム」の意味・読み・例文・類語

オリエンタリズム

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] orientalism )
  2. 東洋の精神文化を高揚し、それを取り入れようとする立場。主として西欧における東洋主義。東洋趣味。
  3. 東洋の文化や習俗、特に言語、文学、宗教などを研究する学問。東洋学。
  4. 一九世紀のフランス画壇の一派の風潮。古典派の画題の因習性を破り、近東諸国やアフリカの強烈な自然と多彩な風俗に新しい主題を求めた。この派の画家にはドラクロワフロマンタンなどがいる。
  5. 西洋の、中近東や東洋に対する特別視や偏見をいう。

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改訂新版 世界大百科事典 「オリエンタリズム」の意味・わかりやすい解説

オリエンタリズム
Orientalism

ヨーロッパ人のオリエント(中近東,北アフリカ,ときにアジア全域をも含む)の風俗や事物に対する趣味と好奇心をいう。その萌芽的現象としては16世紀のベネチアのような,東方世界との接触の機会の多い場所で例がみられるが,おもに18世紀にはじまり19世紀の前半に全盛期を迎える。このことは,この現象が,文明の接触というよりむしろヨーロッパ文明自身が内包する問題--キリスト教への不信や物質文明による人間疎外など--に起因していると言えよう。しかし現実には,目新しいものへの単なる好奇心のような皮相なものまで,原因は多岐にわたり,その結果も,時には自らの文明に対する深い批判精神や豊かな創造の源を生み出すことから,物珍しいものの表現や他民族への蔑視に終始するものまであるが,全般的には趣味的現象にとどまった。それは,18世紀宮廷文化における新奇なものへの憧れやナポレオンエジプト遠征(1798-99)に際して見られたような異文明の遺産の略奪という形態が,オリエント文化の本質的理解の妨げになっているのかもしれない。文学においては,ガランによる《千夜一夜物語》の翻訳(1704-17),モンテスキューの《ペルシア人の手紙》(1721),ボルテールの《マホメット》(1741)などがその早い例で,啓蒙主義的文明批評のにおいが強かったが,しだいにエキゾティシズムに傾いてゆく。ユゴーの《東方詩集Orientales》(1829),ラマルティーヌの《東方紀行》(1835)などがロマン主義文学者による代表例である。音楽では,モーツァルトの《後宮からの誘拐》(1782)のトルコ趣味が早い例で,後にはベルディの《アイーダ》(1871初演)のような,エジプト風俗に関してかなり歴史的考証を経たものも見られる。美術の分野では,ロマン主義の代表者ドラクロアの《アルジェの女たち》(1834),《ミソロンギの廃墟に立つギリシア》(1826)などが東方への熱い思いを伝えるが,アングルのような新古典主義の画家による《グランド・オダリスク》(1814)など,ロマン主義に限らず幅広い層の関心をあつめた。後の世代のシャセリオー,フロマンタン,ジェロームなどへと,時代が下ってゆくにつれ,単なるエロティシズムや浅薄な好奇心を満たすだけに終わり,しだいに新鮮さと力を失っていった。
エキゾティシズム
執筆者:

元来 〈オリエンタリズム〉とは,上述のような近代ヨーロッパの文学・芸術に見られる東洋趣味,ないしは欧米の東洋学・東洋研究を意味するやや古風で中性的な用語であった。しかし1978年,アメリカの批評家・比較文学者エドワード・サイードE.W.Said(1935-2003)がその著《オリエンタリズム》のなかで,この言葉を〈ヨーロッパのオリエントに対する思考と支配の様式〉として批判的に位置づけ,世界的に大きな反響を巻き起こして以来,サイードの立場や方法に対する賛否を超えて,この新しい〈サイード的定義〉が一般に広く用いられるようになった。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「オリエンタリズム」の意味・わかりやすい解説

オリエンタリズム

本来は文学や美術における東方趣味,また東洋に関する学知一般を意味する語。前者はいわゆるエグゾティシズム(異国趣味)の一形態で,P.ロティの小説やドラクロアアングルらの絵画が典型的。後者はオリエントにまつわる諸研究(オリエント学,東洋学,アジア学など)を広く指す。狭義かつ今日的には,E.サイード《オリエンタリズム》(1978年)以降の用法が重要で,〈ヨーロッパのオリエントに対する思考と支配の様式〉と定義される。すなわち,ヨーロッパ(西洋)はアジア(東洋)を〈他者〉と位置づけ,その後進性・受動性・官能性・非歴史性などの特性を強調する言説を流通させる一方,植民地主義,人種差別,自民族中心主義などにもとづく力をも行使してきたとされる。批判の装置としてすぐれているが,〈逆オリエンタリズム〉と言うべき倒錯も想定され,その活用には課題が残る。
→関連項目フロマンタン

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「オリエンタリズム」の解説

オリエンタリズム
Orientalism

エドワード・サイードが1978年に発表した同名自著のなかで批判した言説と文化的覇権の総体。元来は東洋趣味や東洋学を意味したが,このとき以後「ヨーロッパのオリエントに対する思考および支配の様式」というサイード流の定義が一般に広まった。それによれば,ヨーロッパはオリエント(アラブ・イスラーム世界)を他者とみなし,みずからをこれと対照的な存在と信じることで,自身の力とアイデンティティを獲得してきたという。その過程でオリエントには受動性,非合理性,幼児性,停滞,不誠実などの負の性格が例外なく賦与された。特にヨーロッパが強大化した18世紀末以降は,西洋がその力を背景に東洋を表象し,それを東洋に強制する形での文化的な支配が帝国主義支配の支柱となり,大学をはじめとする諸制度はこれに奉仕してきたのである。サイードによるこのような批判は,他者をいかに表象すべきかという問題を正面から提起したものとして,人文社会科学の多様な分野に大きな刺激を与えている。

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世界大百科事典(旧版)内のオリエンタリズムの言及

【アメリカ文学】より

…メリルJames Merrillの長詩《サンドーバーの変化する光》(1982)は詩における最近の最大の収穫であり,ブルームHarold Bloomの《アゴーン》(1982)は文学批評における成果の一つであるが,いずれも神秘思想の色が濃い点を特色とする。アラブ系の批評家サイードEdward W.Saidの《オリエンタリズム》(1978)も,西欧的テキストの中にのみ存在する〈オリエント〉を西欧がいかにして形成し,それに基づいて,いかに支配の姿勢を維持してきたかを解明した,優れた文明批評の書である。【志村 正雄】
[日本におけるアメリカ文学]
 アメリカ文学は文明開化時代の日本に,まずその開化の精神のモデルを表現したものとして入ってきた。…

【エキゾティシズム】より

… エキゾティシズムはこのように人間の心性に根ざしたものであるため,古代から折にふれて発生した形跡があり,それが伝承や美術工芸などにうかがわれるが,同時にそうした異国への情緒的関心が,単なる趣味にとどまらずにその時代の美意識に新たな展開をもたらした例も多い。西欧近代においては,17,18世紀にトルコとの接触によって始まった東洋趣味(オリエンタリズム)が,やがて19世紀における絵画や文学の異国趣味をもたらし,強烈な光線と色彩,率直な人情風俗へのあこがれなどがロマン主義的美学の端的なあらわれとなった。サン・ピエールやシャトーブリアンの文学,ドラクロアの絵画などにはこうした傾向がうかがわれ,ゴーギャンにいたってはタヒチの風土に人間の生命観の根源を求めた。…

【地域研究】より

…第2次大戦後に,それがソ連・東欧研究,中国研究などの異なる政治イデオロギー圏の研究,ならびに日本,東南アジア,アフリカ,ラテン・アメリカ研究などの〈現代〉地域研究として定着した。 他方で,それに,古典学の方法と伝統(言語哲学と文献学)の延長線上に開花してきた東洋学と東洋美術・文化研究(オリエンタリズム)がはぐくんだ非西欧文化世界の現代思想・文学,政治・宗教運動への関心と並行して,〈社会科学と東洋学の結婚〉を模索してきた傾向が合流する。イギリスのイスラム研究者H.A.R.ギブがその中心的人物であったが,そのとき研究対象は〈大〉文化圏であったし,社会科学の視座と方法は汎大西洋圏の経験を普遍化した〈一国世界論〉の論理を体系化したものであったので,地域研究を志向する側からの不満は早晩明確になるはずであった。…

【東洋学】より

…東洋学とは東洋を対象とする研究のことで,英語のOrientalism(オリエンタリズム)またはOriental Study(オリエント学)の訳語に当たる言葉であり,東方学とよぶこともある。実際の用例としては,単に東洋の事物万般に関する研究をさすのではなく,東洋の言語,文学,歴史,宗教,哲学,学術,美術,音楽など,狭義の文化を研究する学問を意味し,文献学的ないしは歴史学的な手法で研究されることが多い。…

【ドラクロア】より

…32年にはモルネー伯爵の外交使節団に加わってモロッコを訪問する。この旅でイスラム文化圏のエキゾティックな風俗と強い光の下の鮮やかな色彩に強い感銘を受け,帰国後の作品はロマン主義の一支流をなすオリエンタリズムの形成に大きな役割を果たすことになる。その中でも代表的なものは,《アルジェの女たち》(1834),《モロッコのユダヤの結婚式》(1841)など。…

【ロマン主義】より

…ダビッドの弟子であったジロデ・トリオゾンの《大洪水》や,ドイツのフリードリヒの《希望号の難破》なども,同様の自然の恐ろしさを主題としたものである。また,ホメロスやオウィディウスなどのギリシア・ローマの文学的遺産に対して,北方の民族的伝説を歌い上げた《オシアン》は,アングル,ジロデ・トリオゾン,ジェラールなどに霊感を与え,ナポレオンのエジプト遠征(1798‐99)によって強められたオリエンタリズムは,グロの《ジャファのペスト患者を訪れるナポレオン》やアングルの《オダリスク》などの華やかな異国趣味の世界を生み出した。 しかしながら,これらの画家たちは,主題の扱い方においては新しいロマン主義的傾向を強く見せているが,表現様式においては,なお多くの点で,古典主義の伝統を受け継いだ新古典主義の枠内にあった。…

※「オリエンタリズム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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