日本大百科全書(ニッポニカ) 「キネティック・アート」の意味・わかりやすい解説
キネティック・アート
きねてぃっくあーと
kinetic art
動く彫刻など、現実に運動を伴う美術作品の総称。従来の彫刻の観念は、静止した作品のなかに構成力によって動勢を感じさせるものだったが、第一次世界大戦後、三次元の立体作品に現実の運動を導入して、四次元の時間性に基づく造形をつくりだそうとする試みが生まれた。モーターの電力を使用して立体造形を動かすマルセル・デュシャンの「回転ガラス板」、ナウム・ガボの「直立する波」(ともに1920)は先駆的な例であり、風力やわずかな空気の振動をとらえて抽象造形が運動の変化をみせるアレクサンダー・コルダーの「モビール」はよく知られている。第二次世界大戦後、パリのドニーズ・ルネ画廊で「運動」展が開かれたのを契機に、動く立体作品への関心は飛躍的に増大し、現代芸術の一領域を形成した。
そのなかには、(1)風力や水力など自然の力を利用したもの(コルダー、ジョージ・リッキーGeorge Rickey(1907―2002)など)、(2)モーター仕掛けの電力によるもの(ジャン・ティンゲリー、ロバート・ブリアRobert Breer(1926―2011)など)のほか、(3)エレクトロニクスの技術を駆使したもの(ウェン・イン・ツァイWen Ying Tsai(1928―2013)など)、(4)運動する造形作品を光、音、映像の全体的環境のなかで総合しようとする試み(ニコラ・シェフェールなど)もある。
一般には彫刻自体が現実に運動する例をさしてよぶが、広義には、レリーフ状の絵画で、観衆が移動することによって、その画面に運動の変化を生ずる特殊な作品(ヤーコブ・アガムYaacov Agam(1928― )、ラファエル・ソトJesús Rafael Soto(1923―2005)など)を含めることもある。
コンピュータの実用化に伴って、作品と観客が身体の動作や操作の働きかけによって、インタラクティブ(双方向的)な関係性を生み出す作品が増えていることがあげられる。また、その性格上、キネティック・アートは屋外のモニュメントや美術館内での設置作品という公共的性格をもつことが多いが、映像、アニメなどを使用した空間的なインスタレーションとして、ハイテク・アートの源流と考えることもできよう。
[石崎浩一郎]
『エドワード・ルーシー・スミス著、岡田隆彦・水沢勉訳『現代美術の流れ――1945年以後の美術運動』(1986・PARCO出版)』▽『荒垣さやこ著『アガム ユダヤ的美術のかたち』(1993・リトン)』▽『ニコス・スタンゴス著、宝木範義訳『20世紀美術――フォーヴィスムからコンセプチュアル・アートまで』(1997・PARCO出版)』