改訂新版 世界大百科事典 「シビュラ」の意味・わかりやすい解説
シビュラ
Sibylla
古代ギリシア・ローマ伝説で,神がかり状態になってアポロンの神託を伝えたとされる巫女の称。もともとは固有名詞で,各地に伝わるその事跡はすべて同一女性が放浪のうちになしたことがらと理解されていたが,前4世紀以降,複数のシビュラが考えられるようになり,その名が総称として用いられるに至った。前1世紀のローマの学者ウァロによれば,ペルシア,リビア,小アジア,ギリシア,イタリアに全部で10人いたとされ,その中では,ナポリに近いクマエ(イタリアにおける最古のギリシア植民市)のシビュラが最も有名。彼女はローマ建国の祖アエネアスを冥府に案内したほか,ローマ第5代の王タルクイニウス・プリスクスTarquinius Priscusに六脚律詩で記された予言書を非常な高値で売りつけた。このとき王は,最初,金を惜しんで断ったが,彼女は9巻のうちの3巻を火にくべ,残る6巻にも同額を請求,王がふたたび断ると,彼女はさらに3巻を焼いたため,結局,王は残った3巻をもとの言い値で買い取ったという。
この予言書は特別に組織された神官団(はじめ2人,前4世紀に10人,前1世紀に15人に増員)の監督下に,カピトリヌス丘のユピテル神殿に保管され,洪水,疫病,戦争などの際,神官団が元老院の命によってこれをひもとき,神意をうかがった。前83年,予言書は大火に遭って焼失したが,各地から同種の予言集を求めて新たな書物が編集され,前12年,アウグストゥス帝によってパラティヌス丘のアポロン神殿に収められた。同書によって神意をうかがったのは363年を最後とし,408年にはホノリウス帝の将軍スティリコの命で焼き払われた。なおシビュラの名を冠して現存する予言書《シビュラの託宣》は,ユダヤ教,キリスト教の編者による偽書である。
執筆者:水谷 智洋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報