シュシュニック(英語表記)Schuschnigg, Kurt von

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シュシュニック」の意味・わかりやすい解説

シュシュニック
Schuschnigg, Kurt von

[生]1897.12.14. リバ
[没]1977.11.18. インスブルック近郊ムッタース
オーストリア政治家。インスブルック大学などで法律学を学んだ。弁護士から政界入りし,1927年最年少の国民議会 (下院) 議員となり,キリスト教社会党ホープとうたわれた。 32年法相,34年 E.ドルフス首相暗殺後,首相兼国防相。キリスト教的身分国家の建設という理念から社会民主党および国粋主義派との妥協を拒否。 38年2月オーストリア・ナチス党の暴動計画を察知し,これを未然に防止するためベルヒテスガーデンで A.ヒトラー会談。オーストリア・ナチス党の A.ザイス=インクワルトを内相につけるようにとの要求に対し国民投票を呼びかけたため,ヒトラーに最後通牒を突きつけられ,3月辞任。その直後ドイツオーストリア合併が行われた。 41年逮捕され,強制収容所を転々とした。第2次世界大戦後はオーストリアに住むことを拒否,イタリアに居住。 48~67年アメリカのセントルイス大学で政治学を講義。 67年帰国し,死去するまでチロルに在住した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「シュシュニック」の意味・わかりやすい解説

シュシュニック

オーストリアの政治家。キリスト教社会党の幹部で,国会議員,法相,文相歴任,1934年ドルフス暗殺後は首相。後ドイツの圧力に屈し,1938年,オーストリア併合による祖国滅亡後はドイツの収容所に拘禁された。1948年―1967年米国,後オーストリア在住。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

今日のキーワード

排外主義

外国人や外国の思想・文物・生活様式などを嫌ってしりぞけようとする考え方や立場。[類語]排他的・閉鎖的・人種主義・レイシズム・自己中・排斥・不寛容・村八分・擯斥ひんせき・疎外・爪弾き・指弾・排撃・仲間外...

排外主義の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android