スポーツ(英語表記)sport

翻訳|sport

デジタル大辞泉 「スポーツ」の意味・読み・例文・類語

スポーツ(sports)

楽しみを求めたり、勝敗を競ったりする目的で行われる身体運動の総称。陸上競技・水上競技・球技・格闘技などの競技スポーツのほか、レクリエーションとして行われるものも含む。
[類語]体操運動

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精選版 日本国語大辞典 「スポーツ」の意味・読み・例文・類語

スポーツ

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] sports ) 広義の運動競技のこと。もともとは気晴らしにする遊戯をさしたが、時代の変遷とともに競争的要素の強い、技術的にも高度な運動競技をさすようになった。一般には陸上・水泳の競技、野球・テニス・サッカーなどの球技やボート・登山・狩猟・武術などの総称として用いることが多い。
    1. [初出の実例]「日本人には珍らしい迄かかる遊戯(スポルト)を嗜好(すきこの)んで」(出典:海底軍艦(1900)〈押川春浪〉一八)
    2. 「私はどんなにかして血色をよくしたく思ひ、スポオツをはじめたのである」(出典:思ひ出(1933)〈太宰治〉二)

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改訂新版 世界大百科事典 「スポーツ」の意味・わかりやすい解説

スポーツ
sport

人間が生活の自由時間を用いて,楽しみを目的に自主的に行う,多少とも競技的要素をもった身体運動の総称。スポーツの語源は,中世ラテン語のdisportare(向こうへ+運ぶ)で,免除,娯楽を意味した。この語がフランス語を経て英語となり,15世紀に頭音消失してsportとなった。19世紀にはドイツ語,フランス語にも入り,現在は世界共通語として広く使われている。また,競技を意味するギリシア語athlosを語源とするアスレティックスathleticsという英語もあり,イギリスでは,体育あるいは陸上競技をさすが,アメリカでは,スポーツ一般をさす言葉として用いられている。

人類は原初から,狩猟や漁猟のための技術,あるいは外敵から身を守るための技能を向上させるために,たえず訓練を重ねていただろうし,夜遊びもくふうしていたと想像できる。いわばスポーツの原初形態をそこにみることができる。また,宗教的行事として行われたスポーツもあった。古代オリンピックの壁画などにみられるように,古くからボクシングやレスリングが行われたし,エジプトの墳墓からは,紀元前5200年のボウリングと似た競技の用具が発見されている。

 しかし,スポーツの基礎が固められたのは古代ギリシアである。オリュンピアの祭典(古代オリンピック競技会)は前776年が第1回と記録されているが,前1195年と推定する説があり,はるか以前から同種の行事がギリシアに存在していた。前6世紀には,オリュンピアのほか,デルフォイでのピュティア祭,ネメアでのネメア祭,コリントスのイストミア祭が四大祭典として,それぞれ2年ないし4年ごとに開催れるようになった。やがて他の都市でも同様の祭典が開かれたが,オリュンピアはその中心的なもので,ギリシア全域から競技者が集まった。これらの競技会に参加するのは,観衆も選手も男子に限られ(例外として,レスリングに女子の参加があることがあった),競技者は完全な裸体であった。裸体はギリシア市民の誇りとされていた。種目としては,競走,レスリング,五種競技(短距離競走,走幅跳び,やり投げ,円盤投げ,レスリング),ボクシング,戦車競走などが採用されたが,なかでもパンクラティオン(完全競技の意)はボクシングとレスリングを組み合わせ,蹴っても,首をしめても,手足をねじ曲げてもよいという死闘であった。競技の優勝者には賞として,オリーブや月桂樹(ローレル)の冠が与えられるだけであったが,実際には故郷に帰ると賞金や年金が用意されていた。

 古代ギリシアでは競技が芸術や学問と結びついていた。裸体の競技は肉体美へのあこがれを誘い,優勝者の姿は彫刻に多くの名作を残し,競技のありさまは,壺絵になった。その感動は詩人を動かし,ピンダロスの祝勝歌のような傑作を生んだ。哲学者ソクラテスはオリュンピア祭の見物のため,アテナイから5日5晩の旅を重ねた。しかし,こうした競技会も,八百長や賞金稼ぎが出現し,前3世紀以降になると爛塾期を迎え,やがてローマの支配下に入ってキリスト教が国教となるとともに消滅した。ローマ人は公衆の面前に裸体をさらすことを恥とし,またスポーツをするために時間をさくことを惜しんだということも影響して,ローマでは見るスポーツ競技が盛んになった。

 すなわち,ローマ時代の競技を象徴するのは,ローマ市内のコロセウムで演じられたグラディアトル(剣闘士)の試合やキリスト教徒とライオンの闘い,キルクス・マクシムスCircus Maximus(20万~25万人の観客席があった)での戦車競走や競馬であった。帝政時代の競技会はすべて国家が主催した。客席には着飾った貴婦人が多かったが,うらぶれた失業者の数は,さらに多かった。政府は失業者の目を現実からそらすために競技会を利用した。こうしたローマの人々は,セネカがいったように,コロセウムやキルクスの耳をろうするような叫喚と拍手のなかに身を置き,人間が殺されるのを見ることを楽しんだのだった。

5世紀にローマが滅亡したののちは,大規模な競技会は行われなくなったが,スポーツは王侯・貴族から市民の間にまで広く浸透していった。代表的なものはトーナメントで,馬に乗った騎士が長槍で突き合う試合である。騎士は爵位授与accolade(アコレード)にあたって〈祖国を愛し,勇敢に行動し,信義を重んじ,他人に寛容で,正義を守る〉ことを誓約したが,これがのちのスポーツ精神の根源とされる騎士道精神であり,現在のオリンピック大会の選手宣誓の原型となったものである。王族や貴族のスポーツには,狩猟や鷹狩りがあったが,階層を問わず愛好されたのは,テニスの原型とされるジュ・ト・ポームで,屋内でも戸外でも盛んに行われた。ルイ10世はポームの過労から死んだといわれ,アンリ4世はボールから手を離したことがないといわれるほどだった。

 ポームとともに市民に人気があったのは,スールというフランスのフットボールであった。ルールを地域によって異なるが,手足を使う荒々しいゲームで,これがイギリスに伝わると多くの若者を熱狂させ,1314年エドワード2世はロンドンの路上でのゲーム禁止令を出した。その後の国王も何回か禁止令を出したが,こうしたフットボールはのちにサッカーやラクビーと発展していった。

ルネサンスはイタリアで開花し,人間の身体への関心も高まった。16世紀中ころ,イタリアの医師メルクリアーレGirolamo Mercuriale(1530-1606)は,古代ギリシアの競技を解説し,医学的見地からスポーツによる体育の必要性を説いた。この時代には《球戯論》や馬術やフェンシングの実技指導書があいついで現れた。イタリアで生まれた身体的能力の開発を主眼とする体操についての考え方は,イギリスのJ.ロックやドイツのJ.C.F.グーツ・ムーツの《青年の体操》を経て,F.L.ヤーンのドイツ体操へと受け継がれていった。

 イギリスでは16世紀ころから,貴族階級の子弟にスポーツが奨励され,1618年にはジェームズ1世がピューリタンの反対を押し切って〈スポーツ宣言〉を出し,日曜日礼拝後のスポーツを許可した。18世紀末からは上流階級の人々が従者らをペデストリアンpedestrian(プロの走者)に仕立てて競わせるペデストリアン競走が流行し,多くの観衆が賞金をかけて楽しんだ。そして,上流階級の人々の間にも競走が普及した。また,競馬も盛んに行われ,1780年にはダービーが始まった。19世紀末に入ると,近代スポーツが次々とイギリスに成立し,七つの海を越えて世界各地普及していった。パブリック・スクールのスポーツのなかからサッカーやラクビーが生まれ,競馬に範をとって陸上競技の競走が行われた。3000m障害物競走steeplechaseはそのなごりである。アメリカで考案された野球もイギリスのクリケットラウンダーズの変型であり,バレーボールはテニスにヒントを得ている。スキーや柔道はイギリス以外で生まれた少数の例外である。そして1896年,クーベルタンによって復興されたオリンピック大会がアテネで開催され,スポーツは国際化の道を歩むことになる。

 現代におけるスポーツは,文化の一つとして多くの役割を果たしているが,その特徴は,高度な競技能力を追求する選手スポーツの体制が確立していること,一般市民の間でみずからスポーツを行う者が増加し,スポーツが多様化していること,スポーツが興行化され,商品としての価値を高めていること,などがあげられる。今後はスポーツの高度化と大衆化を,どのように結びつけ統一していくかが課題といえよう。

国技といわれる相撲は神話時代から存在し,《日本書紀》にも野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)の対戦として現れる。奈良時代には相撲のほか,宮廷を中心とする貴族の間で鷹狩り,競馬(くらべうま),騎射(うまゆみ),打毬(だきゅう),蹴鞠(けまり)などが行われた。室町時代以後,芸道の発達とともに,剣術,柔術,弓術,槍術などが隆盛をきわめ,多くの流派が生まれたが,江戸時代には武術は実戦的な価値を失い,儒教の影響を受けて精神主義が強調され,武士道が形成された。明治時代になると野球,ボート,陸上競技など欧米の近代スポーツが輸入されたが,武士道精神は日本的スポーツ精神の底流として生き続けた。オリンピックには1912年から参加している。第2次大戦中は政府が外来スポーツを敵性スポーツとして排除し,柔道,剣道,銃剣術など武道を戦争目的に利用したが,戦後はあらゆるスポーツが盛んになり,とくに1970年代に入ってからは,プロスポーツ,選手スポーツとならんで,女性,高齢者,身体障害者などの参加による広範な市民スポーツが発展し,新しい局面を迎えた。
執筆者:

スポーツ文化の一構成要素であり,文化的所産の一つである。しかし,スポーツにおける技能や記録は,芸術や学問などの業績と比較されるとき,その望ましさや価値の与え方において伝統的に低くみられており,スポーツに対する文化的な評価には偏見と蔑視が存在する。このような差別は多様な歴史的・社会的条件に由来するものであるが,とりわけ心身二元論に根拠を置く身体の蔑視が大きな影響を与えたとみることができる。精神な善なるもので神の声を聞き,永遠性につながる人間性の完成に奉仕するものであるが,身体は邪悪な欲望の住むところであり,悪魔のささやきを聞き,老いて滅びてゆくものとされたからである。しかし,心身二元論の衰退,身体の復権とともに,現代では文化としてのスポーツが確立しつつある。

 一方,スポーツが身体活動それ自身の喜びによって正当化されなかったことは,スポーツを他の目的に対する手段として正当化する考え方を生み出した。確かにスポーツは結果として健康の保持や体力の増進に役だてることができるし,競技を通じて勇猛心,公正さ,チームワーク,節制などの人格的徳目を形成するのに機能することもできる。しかし,スポーツは同時に身体活動それ自体のなかに,喜びや楽しさなどの特有の経験を求めて行われる,自己目的的な活動である。いいかえれば,身体的諸能力の自立的な展開過程に独自に固有の世界をつくり出し,それを発展させる文化と規定できるのである。

 スポーツ文化は,スポーツの価値に関する観念やイデオロギーと,スポーツを具体的に行う際の規範におよび技術,そしてスポーツ活動に使用される施設・用具などの事物を構成要素とし,これらが相互に関連する一つのまとまった全体として存在する。スポーツの存在は,目的論と手段論によって正当化される。スポーツ手段論はスポーツの効用を重視するものであり,スポーツ目的論はスポーツ自体のなかに価値を認めるもので,政治的干渉を排除するスポーツ中立論,アマチュアリズム,社会の干渉を排除するスポーツ個人主義から成るスポーツ・リベラリズムに由来する。現代では,リベラリズムのなかにもっていた階級的・特権的な性格を否定しながら,スポーツそれ自体の楽しさによってスポーツを肯定する新しいスポーツ目的論が支持されつつある。
執筆者:

スポーツの概念は広く,日本のスポーツ振興法(1961)のように,〈心身の健全な発達を図るためにされる〉身体活動をさすという立場から,国際スポーツ体育協議会の〈スポーツ宣言〉(1968)にみられるように,身体活動のなかでも,とくに,〈競走〉〈チャレンジ〉精神をもつものに限定する立場,さらには,アメリカのスポーツ社会学者H.エドワーズのように,プレーとスポーツを区別し,スポーツを制度的な〈競技スポーツ〉に限定する立場などいろいろである。一般に,工業化・都市化した現代の社会では,身体活動のもつその社会的機能を高く評価する傾向にあり,スポーツに対する考え方も広く解釈される傾向がみられる。

 スポーツの内容は,野球,サッカー,テニスなどのそれぞれの運動種目と,それを構成する技術,ルール,マナーなどの行動文化によって構成されている。人々は,このようなスポーツの行動文化を内面化することによって,その種目特有のスポーツ行動を身につけると考えてよい。また,スポーツは,われわれの社会に広く行き渡った存在であり,社会に影響を与えるとともに,現実の社会からも影響を受ける。社会はスポーツに社会的に有意義な価値を認めることによって,スポーツを社会的に受け入れているのである。

 スポーツは,その性格と形態によって次のように分類することができる。(1)スポーツを行う動機や目的からみると,趣味活動としてのアマチュアスポーツだけでなく,企業宣伝の一部としてのノンプロスポーツ,さらには,スポーツを職業とするプロスポーツがある。(2)活動の特性からみると,イギリスのスポーツ社会学者マッキントッシュP.C.McIntoshは,〈競技スポーツcompetitive sports〉〈格技スポーツcombat sports〉〈克服スポーツconquest sports〉の三つに分けている。競技スポーツは,陸上競技,サッカー,野球などにみられる形態であり,格技スポーツは,柔道,ボクシングなどの格力で相手にに勝つことを目標とするスポーツ,克服スポーツは,自然障害に立ち向かってこれを克服しようとするスポーツで,登山,スキー,ボート,ヨット,グライダーなどがある。(3)機能による分類では,フランスの社会学者J.デュマズディエは,〈仕事としてのスポーツ(プロスポーツ)〉〈教育としてのスポーツ〉〈レジャーとしてのスポーツ〉に分けている。国際スポーツ体育協議会の〈スポーツ宣言〉も,ほぼ同じ立場から〈学校のスポーツ〉〈レジャースポーツ〉〈競技スポーツ〉の三つに分け,とくに,〈競技スポーツ〉については,闘争本能のカタルシス(代償行為)としてみるか,あるいは闘争本能むき出しのイデオロギー闘争そのものとするか,それとも,〈競争〉と〈闘争〉を区別して,ルールを守り,相互に刺激し合って,お互いに高まっていく運動文化としてとらえ,共存と相互理解,友情を育てていくかが問題であると述べ,人道主義的側面を強調している。(4)アメリカのスポーツ社会学者シュプライツァーE.Spreizerは,スポーツのルールの制度化の程度に着目して,プレー,インフォーマル・スポーツ,セミフォーマル・スポーツ,フォーマル・スポーツに分けている。プレーは遊びの段階,インフォーマル・スポーツは,ゲームや簡易スポーツにみられるように,即興的・原初的なスポーツの形態であって,プレーヤー同士によってルールのとり決めがなされる。セミフォーマル・スポーツは,運動会などにみられるように,関係者がより集まり,参加者の技能の程度に合わせて,適宜にルールをつくって行うもの。フォーマル・スポーツは,オリンピックなどにみられるように,ルールが制度的につくられているもので,インフォーマルやセミフォーマルのスポーツが,どちらかといえば,プレーヤーが主体的にルールを決めることが可能なのに対して,フォーマルなスポーツのルールは,一般にプレーヤーの支配下にはない。

 日本では,スポーツを地域社会へ普及・振興する指導者として,市町村教育委員会の非常勤公務員として〈体育指導委員〉がスポーツ振興法によって制度化され,約5万人が任命されており,主として,市町村におけるスポーツ大会などの開催やクラブの育成にあたっている。実際的活動の指導者としては,日本体育協会が中心となって養成するスポーツ指導員,コーチ,トレーナー,スポーツドクターなどがある。スポーツ指導員は約2万人,コーチは約2000人が養成されている。しかし,東欧社会主義国にみられたように,選手養成センターがあり,選手養成に必要経費は,国家が保障するという制度と比較すれば,その指導体制にはかなり大きな距離があるといえよう。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「スポーツ」の意味・わかりやすい解説

スポーツ
すぽーつ
sports 英語
Sport ドイツ語
sport フランス語

「スポーツは、自発的な運動の楽しみを基調とする人類共通の文化である。生涯を通じて行われるスポーツは、豊かな生活と文化の向上に役立ち、人々にとって幸福を追求し健康で文化的な生活を営む上で不可欠なものである。

 さらに、スポーツは、人々が自主的、自発的に行うことを通じて、望ましい社会の実現に貢献するという社会的価値を有する。」と日本体育協会(現、日本スポーツ協会)スポーツ憲章(昭和61年5月制定)第1条で、スポーツの意義と価値について述べている。これはアマチュア・スポーツについて定めたものであるが、スポーツについての一般論と受け止めることもできよう。

 スポーツは、deporatare(ラテン語)、desporter(フランス語)、disport(英語)の語源的変遷が示すように、レクリエーション、娯楽の意に用いられた。15世紀ころ英語に浸透してdisport(u), sporteとなったが、やがて頭音が消失してsport(s)となった。19世紀には、ドイツ語、フランス語にも取り入れられ、現在は世界共通語として用いられている。なお、類語としてのアスレティックathleticsは、イギリスでは体育、陸上競技をさし、アメリカではスポーツ一般をさしている。

[鈴木良徳]

歴史

スポーツは人類のみがもつ文化であるが、その生成過程をみれば、闘争から生まれ、政治によって闘争の手段として利用される宿命をもっていることは歴史的に明らかな事実である。一方、宗教的行事として行われたものもあった。人間が地球上に現れたとき、スポーツがともにあった。スポーツの遺影を、古代オリエントの壁画、古代ギリシアの優れた彫刻や絵画、壺絵(つぼえ)などにみることができるが、それによって古くからホッケー、ボクシング、レスリングなどが行われていたことがわかる。スポーツの基礎が形づくられたのは、信仰とスポーツを祭典競技の形で結び付けた古代ギリシアにおいてであった。各地で行われていた守護神への祈りの祭典競技のうち、とくに古代オリンピア祭を典型的なものとしてあげることができる。ギリシア全土から都市国家の名誉と栄光とを担っての出場であった。優勝者の栄冠としては、オリーブや月桂樹(げっけいじゅ)の葉冠が与えられるにすぎなかったが、優勝して帰れば、年金などが用意されていて、精神的、物質的に最大級の待遇を受けた。こうした競技会は、ローマ時代になって、キリスト教が国教になるとともに消滅し、見るスポーツが盛んになった。ローマ市内のコロセウムでは剣闘士(グラディアトルgladiator)競技などが、キルクス・マクシムスでは戦車競走などが行われた。市民に見せるこれらの競技は戯技(ルードゥスludus)とよばれた。

 ローマが滅亡し、中世に入ると、スポーツは王侯貴族から市民の間に広まった。代表的なものが、馬に乗った騎士が長槍(ながやり)で突き合うトーナメントで、騎士道精神が培われた。各種の狩猟や鷹(たか)狩も盛んに行われたが、一般に愛好されたのは、ジュ・ド・ポーム(テニスの原型)であった。ついでスール(一種のフットボール)が盛んになり、イギリスに渡って、やがてサッカーやラグビーへと発展していった。イギリスでは、16~17世紀にかけて、貴族階級の子弟にスポーツが奨励され、近代スポーツの多くが次々と成立し、やがて世界各地に普及していった。アメリカでは野球、バスケットボール、アメリカンフットボールが生まれているが、いずれもイギリスで生まれた各種スポーツを基本として、プレーを変えていったものである。競馬も盛んになり、1780年にダービーが始まっている。イギリスとまったくかかわりなく発展したスキーや柔道などは、数少ない例外といってよい。1896年近代オリンピックの第1回大会がアテネで開催されて、スポーツはより国際的な広がりを示すとともに、従来、王侯貴族の手にあったスポーツは、経済・社会制度の発展とともに一般に広く普及するようになった。

 日本では、国技とよばれる相撲(すもう)が神話時代にすでにあったことが、『日本書紀』の野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)の力比べの伝説の記述などによって知ることができる。奈良時代には貴族の間で、鷹狩、競馬(くらべうま)、打毬(だきゅう)、蹴鞠(けまり)などが行われ、室町時代以降、剣術、柔術、弓術、槍(そう)術などが隆盛を極めた。江戸時代には、これらの武術は実戦的価値が失われたが、儒教の影響を強く受けて、武士道に基づく多くの流派が形成された。しかし、その多くは一部特権階級の間で行われていたもので、それはヨーロッパのそれと軌を一にしている。欧米の近代スポーツが輸入され、スポーツが一般大衆の間に普及したのは、明治時代に入ってからである。日本が初めてオリンピックに参加したのは、1912年(明治45)の第5回大会(ストックホルム)であった。

[鈴木良徳]

スポーツの組織化

スポーツの組織化は古代ギリシアの祭典以後などの時代にも見られたが近代スポーツでは、まずイギリスで始められた。18世紀の前半にアスコットで始まる一連の競馬や、ボクシングなどがそれであるが、これらはプロフェッショナルなスポーツであった。当時、自馬で騎乗する者や、勝っても賞金を辞退したボクサーはジェントルマンとよばれて賞賛された。一方、町の競技会が盛んに行われるようになってくると、賞金目当てに渡り歩くセミプロが生まれ、余暇にスポーツをする者は、この人たちに荒らされる一方であった。この連中を締め出すために、ボート(漕艇(そうてい))、陸上競技、水泳競技などに組織化が図られてアマチュア・クラブが誕生し、スポーツ界に新しいくぎりがつけられた。

 日本に近代スポーツが紹介されたのは、明治初期(1870年代)以後であるが、年代的に欧米各国に広まったのとそれほど開きがない。初めは大学や専門学校が窓口になっていたが、本格的組織化が図られたのは、1911年(明治44)当時の東京高等師範学校校長であった嘉納(かのう)治五郎のもとに、駐日フランス大使を通じ、近代オリンピックの創始者であるクーベルタンから、国際オリンピック委員会(IOC)委員就任の要請があったのがきっかけである。これを受けて嘉納は、1912年の第5回オリンピックへの日本参加を実現するため、大日本体育協会を設立させ、その趣旨に「都市と村落とに論なく、全国の青年をして皆悉(ことごと)く体育の実行に着手せしむる」とうたった。

 現在、各国のアマチュア競技団体を国際的に統括する機関として、国際競技連盟(略称IFまたはISF)がある。さらに各国とも国内で行われるスポーツの団体を統括する団体がつくられている。これは国際総合競技会などのときその国を代表する。日本では日本体育協会がそれにあたる。また、IOC(国際オリンピック委員会)に加盟するのは、オリンピックで行われる競技団体だけで組織されたNOC(国内オリンピック委員会)である。日本の場合は、NOCが、日本体育協会の内部組織に含まれている。NOCは国内を統括し、IFはその競技のみを支配していて、両者間には上下の関係はないが、両団体を傘下にしているのがIOCである。プロスポーツではサッカー(アマチュアと同一組織体)、自転車、ボクシングなどがそれぞれ国際的な組織体をもっている。野球の場合には、実質上アメリカが主権を握っている。

[鈴木良徳]

スポーツの種類

すべてのスポーツは、形態上、アマチュア、プロフェッショナルに分けられる。競技種目からみればアマチュア・スポーツがもっとも多く、プロスポーツや賭け競技は興行的に成り立つかどうかが問題となるから、その種目は限られている。世界的にもっとも競技人口、ファンが多いのはサッカーで、陸上競技をはじめ競技スポーツは五十数種類を数える。ほかにギャンブルgambleとよばれ、日本では公営競技とよばれている、競輪、オートレース、競艇、競馬がある。

 それぞれの種目は、陸上の競技(陸上競技、マラソンなど)、水上の競技(競泳、水球など)、球技、格闘競技、体操競技、冬季競技などに大別できよう。また、個人競技、団体競技などの区別もある。競技方法からみると、ユニフォームだけでできるもの(マラソンなど)、ボールだけを中心に試合するもの(サッカーなど)、ボールと用具(スティックなど)を使って行うもの(ホッケーなど)、自転車のように機材を使うもの、さらに、体操や軍人競技から発達した、馬(馬術競技など)や銃(射撃競技など)を媒体にするスポーツもある。

[鈴木良徳]

見せるスポーツ

第二次世界大戦前の数年間、世界のスポーツは「見せるスポーツ」への動きが顕著になり始めたが、これは、アメリカ人の建国以来の気質がボクシング、野球、アメリカンフットボール、自動車レースなどのプロスポーツを盛んにしたことと、ナチスが国威を誇示しようとしてオリンピック(1936年のベルリン大会)に総力を結集して、見せるスポーツ化の見本を示したことがその傾向を強めた。この傾向は大戦で中断したが、戦後、オリンピックはますます豪壮になり、各種スポーツの世界選手権大会が世界の各都市で開催され、かつてないスポーツブームが生まれた。同時にプロスポーツは世界の寵児(ちょうじ)となり、見せるスポーツはマスコミの発達に支えられて、ますます隆盛となった。競技のレベルが向上し、勝つためには高度の技術を養成するための強化が必要となった。ソ連をはじめとする旧共産圏諸国がアマチュア・スポーツ界に華々しく登場し、ステート・アマの名をほしいままに競技会で活躍した。加えてアマチュア・スポーツの発生地イギリスの国技といわれたクリケット、テニス、アイスホッケー、卓球などまでプロ化に力を注ぐようになり、この傾向は世界各国に波及した。アマ、プロ共存の形をとるスポーツ団体も多くなった。サッカーではスペシャル・ライセンスプレーヤー、ノンプロ、アマチュアが共存し、卓球ではレジスタード・プロプレーヤーが生まれ、陸上やバレーボールなどにも競技者基金制度とよばれる賞金を受け取ることなどが公にされた。他方、競技大会の開催、競技会参加の費用は膨大となり、企業がスポンサーとなったいわゆる冠大会が1980年代には急激に増えた。コマーシャリズムを極度に排していたオリンピックでさえ、財源獲得のためにそれを許容している。またアマチュアであっても巨額の賞金が与えられるようになり、かつての古典的アマチュアリズムは影を潜め、競技会に参加するそうしたアマチュアと、身体づくりのためのアマチュアとの間に区別が生じた。アマチュアリズムの崩壊をめぐって多くの課題が今後に残されることになった。

[鈴木良徳]

レクリエーションスポーツ

スポーツは、身体活動を通して行うもののうち、とくに競争の形で行われる、いわゆる運動競技の形のものの総称としてとらえられるが、スポーツの語源で述べたように、かつては現代のレクリエーションの考え方と同じであった。その意味でスポーツこそが望ましいレクリエーションと考えられる。一方、マスコミの発達と結び付いて、見るスポーツ、読むスポーツとなって大衆娯楽の地位を築いた。また、技術革新や都市の近代化による人間疎外などの問題解決のためにも「やるスポーツ」の必要性が注目され、国や地方公共団体でも各種施設の拡充などの施策が講じられるようになった。わが国では、スポーツ振興法(1961)の制定、国民休暇村などのスポーツ施設の設置などに、その努力がみられるが、なお将来にむけて多くの課題が残されている。

[鈴木良徳]

『佐藤和兄著『スポーツ概論――スポーツの認識入門』(1963・明玄書房)』『日本体育協会編『スポーツ大百科』(1982・新東京出版)』『P・ワイス著、片岡暁夫訳『スポーツとはなにか』(1985・不昧堂出版)』『川本信正著『スポーツの現代史』(1976・大修館書店)』『B・ジレ著、近藤等訳『スポーツの歴史』(文庫クセジュ・白水社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「スポーツ」の意味・わかりやすい解説

スポーツ
sport

競争と遊戯性をもつ広義の運動競技の総称。激しい身体活動や練習の要素を含む。語源はラテン語 deportareからフランス語 desporterに転じ,さらに英語 sportとなった。本来,人間が楽しみと,よりよき生のためにみずから求め自発的に行なう身体活動であり,ルールを設けそのなかで自由な能力の発揮と挑戦を試み,最善を尽くしてフェアプレーに終始することを目標にする。今日のスポーツ競技の多くは古代ギリシアの祭典競技に発しているが,スポーツということばは 15世紀前半のイギリスで生まれた。当初は貴族階級の遊びの意味が強かったが,19世紀後半の近代オリンピック (→オリンピック競技大会 ) の創設により,現在のスポーツ競技が成立した。種類は球技格技体操競技陸上競技,あるいは個人スポーツ・対人スポーツ・集団スポーツ,室内スポーツ・野外スポーツなどに分類される。

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百科事典マイペディア 「スポーツ」の意味・わかりやすい解説

スポーツ

運動競技の総称。スポーツという語が日本語として定着するのは昭和以降。明治,大正年間には,運動,競技,運動競技などといった。語源はラテン語で〈気晴らしする,遊ぶ〉を意味するデポルターレdeportare。古フランス語のデスポールdesporteを経て,11世紀以後に英国に入り,16世紀にスポーツsportの語形を得た。sportが今日のように運動競技を第一義とするようになったのは19世紀後半からで,それ以前は狩猟(ジェントルマンの遊猟)を意味した。スポーツの概念は時代や社会とともに大きく変化しながら今日にいたっている。今日では,競争を中心とする〈近代スポーツ〉,楽しさを中心とする〈ニュー・スポーツ〉,民族的なアイデンティティや儀礼を中心とする〈民族スポーツ〉,癒(いや)しや瞑想を中心とする〈瞑想系身体技法〉,健康を志向する〈体操・ダンス〉,自然との接点を求める〈野外スポーツ〉などの総称として用いられている。→体育

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知恵蔵mini 「スポーツ」の解説

スポーツ

日本のサッカークラブがJリーグのリーグ戦へ参加できるかを審査する資格制度「Jリーグクラブライセンス制度」のうち、J1リーグに参加する資格を満たしたクラブに付与されるライセンスのこと。Jリーグクラブライセンス制度は、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が2013年から実施している制度。「競技」「施設」「組織運営・人事体制」「財務」「法務」の5分野において一定の基準により審査を行い、第一審機関 (FIB)がライセンス交付の決定を行う。審査に不服のある場合、クラブ側は上訴できる。08年11月より国際サッカー連盟(FIFA)がクラブライセンス制度を導入したことを受け、アジアサッカー連盟(AFC)もアジアチャンピオンズリーグの参加資格を審査する基準として、13年シーズンより同制度を導入することを決めた。AFCから加盟各国に同制度の整備の通達があったことを受けて、日本サッカー協会(JFA)とJリーグは12年2月1日より日本国内向けのクラブライセンス制度を施行した。

(2014-10-1)


スポーツ

大きく軽い「キンボール」(直径122センチ、重さ約1キロ)を使って行うスポーツ・ゲームの総称。「励まし、助け合い、感動の共有や協調性を高める」ことをコンセプトとしている。主要競技である「キンボールスポーツ・コンペティションゲーム」は、4人1組からなる3チームがキンボールをヒット(サーブ)・レシーブすることを繰り返し、床にキンボールが落ちたり反則があった場合、他の2チームに得点が与えられる。1986年、カナダ・ケベック州でマリオ・ドゥマースにより創始され、以来、カナダ・米国・ヨーロッパ諸国などに広がって、2014年現在、全世界で500万人以上が楽しんでいるとされる。日本には1997年に紹介され、98年に国際キンボール連盟日本事務局が発足。2010年には団体法人化され、一般社団法人日本キンボールスポーツ連盟と名称変更された。13年に開催された「第7回キンボールワールドカップ2013」では、日本から男女各1チームが参加し、両チームとも銀メダルを獲得した。

(2014-10-24)

出典 朝日新聞出版知恵蔵miniについて 情報

世界大百科事典(旧版)内のスポーツの言及

【学校体育】より

…女子の体育指導書が出るのは19世紀の前半であった。市民体育をうけて,19世紀に入るとイギリスのスポーツsport,ドイツのトゥルネンTurnen,北欧のギムナスティークGymnastik,東欧のソコルsokolなどという各国独自の名まえや目的や体系や活動組織をもった〈国民体育〉が形成された。世界の近代的な学校体育はこれをもとに形成され発足した。…

【学校体育】より

…学校の管理のもとでスポーツ,体操,遊戯,ダンスなどの身体運動を用いて,計画的に行われる教育活動をいう。教科,体育行事,特別教育活動の3領域からなる。…

※「スポーツ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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