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タウト【Taut, Bruno】

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  • デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

  • タウト Taut, Bruno
     
    1880-1938 ドイツの建築家。
    1880年5月4日生まれ。表現主義の代表的建築家として活動昭和8年ナチスをのがれて来日し11年まで滞在仙台高崎工芸指導のかたわら,桂離宮や伊勢神宮などの日本建築や日本文化独自性に注目,14年「日本美の再発見」を刊行した。1938年12月24日死去。58歳。ケーニヒスベルク(現ロシアカリーニングラード)出身著作はほかに「日本―タウトの日記」など。
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    (C)Kodansha 2009.
    書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

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  • 百科事典マイペディアの解説

  • ドイツの建築家。生地ケーニヒスベルクの建築学校卒業後,ベルリンで建築事務所を開き,ライプチヒの国際展に鉄の記念塔(1913年),ケルンのドイツ工作連盟展にガラスの家(1914年)を発表,また《アルプス建築》などの著書を通してユートピア的な社会変革のプラン提示し,表現主義建築の先導者となる。 (1880-1938)
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  • デジタル大辞泉の解説

  • タウト 【Bruno Taut】
     
    [1880~1938]ドイツの建築家。「鉄の記念塔」「ガラスの家」「色彩建築」やベルリンの集合住宅の設計・建築で注目されたが、ナチス政権を逃れ、1933年(昭和8)来日。桂離宮など日本の伝統的な建築の美をたたえ、研究書も多く残した。著「日本美の再発見」「日本文化私観」など。
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  • 大辞林 第三版の解説

  • タウト【Bruno Taut】
     
    (1880~1938) ドイツの建築家。鉄の塔,ガラスの家,色彩建築,集合住宅など進歩的作風で世界に名声をはせた。来日して日本の伝統建築を高く評価し,工芸指導や「日本美の再発見」などの著作を残した。

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タウトに近い言葉→一番搾りスタウト|孤独な鳥がうたうとき|ブルーノ・タウト|MARE|エール/バイツェン/スタウト|アサヒスタウト|イオンレイクタウン|スタウト|クラカタウ島|訴ふ

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