日本大百科全書(ニッポニカ) 「トキ」の意味・わかりやすい解説
トキ
とき / 朱鷺
ibis
広義には鳥綱コウノトリ目トキ科トキ亜科に属する鳥の総称で、狭義にはそのうちの1種をさす。トキ科は、トキ亜科とヘラサギ亜科を含み、約13属28種に分類され、世界の温帯、熱帯に分布する。トキ亜科の仲間は全長48~105センチメートル。主として川岸、湖畔、湿地、水田などにすみ、浅い水中や畑や草原で昆虫類をはじめ動物性の食物をあさる。巣は水辺の林の樹上につくり、集団営巣するものが多い。羽色は全体に白色もしくは金属緑色を帯びたオリーブ色のものが多いが、熱帯南アメリカに分布するショウジョウトキは全身鮮赤色の美しい種である。日本には、種のトキのほかに、クロトキが迷鳥として渡来する。クロトキは、往時はもっと多くいて、江戸の市外で繁殖したこともあるといわれている。
種としてのトキNipponia nippon(ニッポニア・ニッポン)は全長約75センチメートル。全体に白色で、後頭に長い冠羽があり、風切(かざきり)羽、初列雨覆(あまおおい)、尾羽などはトキ色(鴇(とき)色、朱鷺(とき)色)とよばれる独特の淡紅色を帯びている。顔の裸出部と足は赤く、嘴(くちばし)は黒色で先端だけ赤い。繁殖期には、冠羽、頸(くび)、肩、背は暗灰色となる。この羽色変化は、一種の分泌物を羽毛になすりつけることによる着色らしいことが最近わかった。中国北部、沿海州(シベリアのウスリー地方)、朝鮮半島、日本に分布。日本では、明治の中ごろまで全国各地に普通にすんでいたらしいが、その後急激に減少し、第二次世界大戦後は新潟県佐渡島(さどがしま)と石川県下で少数が繁殖するだけとなり、1981年(昭和56)には佐渡島で最後の野生の5羽が捕獲され、新潟県新穂(にいぼ)村(現、佐渡市)のトキ保護センター(現、佐渡トキ保護センター)に収容された。これにより、野生のものは絶滅した。捕獲された5羽のうちの1羽で最後の日本産トキの個体「キン」が、2003年(平成15)10月10日に老衰のため死亡(雌、推定年齢36歳)、日本産のトキは絶滅した。同センターには、このほかに、中国から贈られたつがい、その雛(ひな)などが人工飼育されている。朝鮮半島、沿海州でも近年の繁殖記録は皆無で、ときどき見たという話があるだけである。しかし中国では、1981年に陝西(せんせい)省秦嶺(しんれい)山地で繁殖する12羽ほどがみつかり、その後の保護増殖活動により人工増殖も取り入れ、2003年の時点で270羽が野生で生息、332羽が禽舎(きんしゃ)で飼育されるまでに回復した。ロシアのアムール川流域でも生息の可能性が強い。山間の水田や渓流にすみ、4、5月ごろ山地の森林で繁殖する。巣は高い木の大きな枝の上に枯れ枝を集めてつくり、1腹の卵数は2、3個。ただし、数が多かったころには、人家近くや神社の森に集団営巣していたこともあるらしい。繁殖期以外は、小群をつくって餌(えさ)をあさる。食物は、主としてサワガニ、カエル、タニシ、ドジョウなどのほか、小魚、水生昆虫と幼虫類などである。1952年(昭和27)に特別天然記念物に指定され、また1960年には国際保護鳥にも指定された。日本では2003年からトキの野生復帰に向けたプロジェクトが開始されている。
[森岡弘之]
『佐藤春雄著『はばたけ朱鷺――トキ保護の記録』(1978・研成社)』▽『国松俊英著『最後のトキ――ニッポニアニッポン』(1998・金の星社)』▽『池田啓総監修・近辻宏帰監修『週刊 日本の天然記念物2 トキ』(2002・小学館)』▽『近辻宏帰総監修『トキ永遠なる飛翔』(2002・ニュートンプレス)』▽『小林照幸著『朱鷺の遺言』(中公文庫)』