日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ヌビア(アフリカの地名)
ぬびあ
Nubia
アフリカ北東部、エジプトのアスワンからスーダンのハルトゥームに至るナイル川流域の地をさす。六か所の急流(カタラクト)を数え、アスワンに第一急流が、ハルトゥームの近くに第六急流がある。ヌビアはとくに古代エジプトとの関係で歴史的な役割をもっていた。
古代エジプトの王はヌビア支配を基本政策とした。政治的威信のためだけではなく、軍事要員としてのヌビア人、建築材としての貴重な石材、および金がそこで入手できたからである。古王国時代(前2700ころ~前2263ころ)のエジプトとヌビアとの関係は平和的であったが、中王国時代(前2160ころ~前1750ころ)のエジプトは第二急流までを武力で制圧した。新王国時代(前1580~前1080ころ)には支配地は第四急流にまで及んだ。この時代のヌビアにおけるエジプトの城砦(じょうさい)、神殿の建設は活発であった。第19王朝時のアブ・シンベル神殿はそのなかのもっとも豪華なものであった。新王国時代が終わったあと、第四急流付近のナパタに都を置くヌビアの王はエジプト征服に乗り出し、第25王朝を建てた。約90年でこの王朝は倒れ、ヌビアの王は都をはるか南のメロエ(第五急流と第六急流の中間)に移し、ヌビア文化を開花させた。メロエ文字(未解読)とメロエのピラミッドがこうして生まれた。王国は4世紀に滅び、キリスト教が普及した。今日、第二急流までがエジプト領、それより南がスーダン領である。アスワン・ハイ・ダムで水没する地域の古代建造物は世界的規模の醵金(きょきん)で救済された。
[酒井傳六]