ギリシア語のヌース(精神,理性),およびそれと同系のノエイン(思惟する,知覚する,直観する)からの派生語noēsisに由来するフッサールの現象学の術語。フッサール自身,ある個所でノエインを〈直接的に見ること〉と訳し,〈対象を本質的に与える意識としての見ること一般〉は,したがって感性的直観だけでなく,むしろ本質直観が〈あらゆる理性的主張の正当性の究極の源泉〉であると述べている。ここにも現象学の直観主義的性格を認めうるが,しかし彼の場合,直観の能力としての感性と思惟の能力としての悟性は,例えばカントの場合ほど明確な対立関係に置かれておらず,むしろ相互流動的な相対的概念である。彼がわざわざ外来語を採用した理由も,ノエインがもともと直観作用も思惟作用も意味するためかと思われる。現に彼はノエシスの種類として,知覚,想起,判断,願望,意志などを挙げている。
ではノエシスとは何か。フッサールはこの語を広狭二義的に使っている。彼によれば,具体的な志向的体験(意識体験)はまず,それに実的に内在する二つの層から成り立っている。その一つは,それ自身は非志向的なヒュレ(質料)的層,すなわち感覚与件の層であり,もう一つは,感覚与件を活性化し統握することによって,対象を志向し,対象に意味を与える機能を行う層である。彼はこの第2の層をノエシス的契機,略して(狭義の)ノエシスと呼び,そして広い意味では,具体的な志向的体験の全体をもノエシスと呼んでいる。ところで,ノエシス的な志向作用が働けば,当然その相関者として,志向され思念されているものそのもの,すなわち意識されている意味的内容そのものが,必ず存立する。これがギリシア語noēmaに由来するノエマNoemaであり,このノエマもノエシスとは別のしかたで,すなわち実的にではなく志向的に意識体験に属するといえる。そしてノエマはその意味を介して対象に,実在する事物に,関係するとされる。なおフッサールが好んで用いるラテン語のコギトはノエシスの,コギタトゥムはノエマの同義語とみなしてよい。
→現象学
執筆者:立松 弘孝
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…それゆえ現象学者は対象の実在を素朴に認める態度を一時中止(エポケー)すると同時に,反省のまなざしを自分自身の意識作用そのものへ向けるための現象学的還元(または超越論的還元)を行わねばならない。この還元の結果あらゆる対象は,もはや端的な超越者とはみなされず,もっぱら意識の志向的相関者として,すなわち認識されている限りにおいて,意識体験の領域に志向的に内在するノエマ的対象(思念されている対象)として,その認識の可能性と存在性格を究明されることになる(ノエシス)。この超越論的還元と並行して現象学者はさらに,個々の事実をその本質(形相=イデア)へ還元する形相的還元を行わねばならない。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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