日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハト」の意味・わかりやすい解説
ハト
はと / 鳩
dove
pigeon
広義には鳥綱ハト目ハト科に属する鳥の総称で、狭義には伝書鳩(ばと)などカワラバトから飼い鳥化された各品種、およびそれらが半野生化したドバトをさす。なお、飼養種を鴿と書くことがある。
[竹下信雄]
ハト科の特徴
ハト科Columbidaeは約40属300種からなり、極地を除き、大陸に限らず太平洋の孤島にも広く分布し、鳥のなかではもっとも繁栄しているグループの一つである。体に比べて頭は小さく、頸(くび)は細い。嘴(くちばし)は太く短くて柔らかく、中ほどがやや細くなっており、付け根は蝋膜(ろうまく)で覆われ、先端だけは角質で鉤(かぎ)のように下側に曲がっている。足も短めで、スズメ目と同じように前向き3本、後ろ向き1本の足指があり、つめは短く頑丈で、樹上生活にも地上生活にも適している。翼は先がとがった形をしており、大きな胸筋と相まって、強力な飛翔(ひしょう)力をもたらしている。初列風切(かざきり)は11枚、次列風切(三列風切を含む)は10~17枚、尾羽は12~20枚。体羽は柔らかく、かつ抜けやすい。さらに、粉羽(ふんう)(わき、ももなどに房状に密生し、綿毛に似るが羽枝の先が崩れて粉状になる)の分解物が多量に体羽につき、サギ類やオウム類と同じように、外敵のつめや牙(きば)からの防御や防水に役だつことが知られる。嗉嚢(そのう)は左右に袋状に発達し、育雛(いくすう)期の初めには雌雄とも、その内側の壁が厚くなってやがて液状になって溶け出し、鳩の乳とよばれる雛(ひな)の食物となる。全長が約15センチメートルの北アメリカ産スズメバトのような小形種から、約80センチメートルのカンムリバトのような大形種まである。色は変化に富み、光沢のある美しい羽をもつ種も多い。特異な飾り羽をもつ種は、ミノバトなどごく少数である。尾は一般に短く、長い種でも全長の半分ぐらいしかない。
[竹下信雄]
生態
一度できたつがいは永続する。繁殖行動は単純で、雄がクークー鳴いておじぎまたは頸を後ろへ反らす動作をして雌に近づいて嘴を開くと、雌はその中に嘴を入れる。雄は食物を吐き出して与えるが、実際には吐き出さず儀式化している種もある。営巣場所は雄が決めて巣材を運び、雌が巣をつくる。樹上に小枝を重ねて皿形の巣をつくる種が多いが、岩棚や岩の割れ目に小枝や草で巣をつくる種や、地上につくる種もある。卵の数は種によって1個または2個と決まっている。条件がよければ続けて繁殖する習性がある。これは、雛を育てる動物性タンパク質源として、昆虫ではなく鳩の乳を与えることと関係している。抱卵と育雛は雌雄共同で行う。抱卵日数は、小形種で12日、大形種で約30日、キジバトなど中形種では15~17日のものが多い。雛は、目は閉じ、裸かわずかな綿毛の生えた状態で生まれ、最初の3、4日は鳩の乳だけを、しだいに親が半消化した食物を与えられ、3~4週間で巣立つ。次の繁殖が始まると、若鳥は親に追われて巣の近くから去る。成鳥の食物は、木の果実と草の種子がほとんどであるが、少数の種ではカタツムリなどの小動物もよく食べる。水を飲むときは、嘴をつけたまま吸引する。これはハト科の鳥だけがもつ能力で、ほかの鳥は水を口に入れ、頸をあげて飲み下す。採食習性から、木ややぶの枝上で採食する果実食のもの、地上で草の種子を採食するもの、樹上でも地上でも採食するもの、の三つのグループに分けることができる。アオバトなど、森林性で果実食のハトは南アジアと南太平洋に多く、嘴はとくに柔らかく、大きく口をあけることができ、果実をまる飲みにするのが普通である。地上性で種子食のハトは、各大陸に分布し、この科の鳥としてはじょうぶで長い足をもち、ウズラ類のような丸い体つきをしている。嘴が堅く、落ち葉などをかき分けるとき、足ではなく嘴を使うことが多い。キジバトやカラスバトなど人家近くにすむ多くのハトは半樹上性・半地上性で、アフリカ、ユーラシアに多い。
[竹下信雄]
飼い方
多くの品種が作出されてきたカワラバトColumba liviaの系統のほか、多くのハトが愛玩(あいがん)用として飼われ、飼育下でも比較的容易に繁殖する。野外の広い禽舎(きんしゃ)で飼うことが好ましいが、小形の種であれば、1立方メートルぐらいの金網籠(かご)に入れて室内で飼うこともできる。餌(えさ)は、市販の伝書鳩の配合餌料(じりょう)を与えればよい。ウスユキバトなど小形種には、ヒエ、アワ、キビなどにアサの実を加える。そのほか、青菜と塩土およびきれいな水も必要である。熱帯産の種以外は特別な保温は必要なく、病気にもほとんどかからない。
[竹下信雄]
人間生活との関係
ノアの箱舟の伝説のように、平和または幸福の象徴としてハト類を愛する傾向が各地でみられる一方、食用として狩られ、日本でもキジバトが年に20万から30万羽とられている。島にすむハトには、すでに絶滅し、また絶滅が心配される種が多い。日本ではリュウキュウカラスバトとオガサワラカラスバトが絶滅している。特異な例として、数十億羽もいた北アメリカ産のリョコウバトが食用として狩られ続け、20世紀初めに絶滅している。
[竹下信雄]
民俗
ハトは、その生命力と繁殖力から、豊穣(ほうじょう)の象徴とされ、アッシリアのイシュタルや古代ギリシアのアフロディテ(ビーナス)のような愛と豊穣をつかさどる神々に結び付けられ、いけにえとして供献(くけん)された。西南アジア一帯でハトが赤子を運んでくると伝えるのも、同じ信仰の流れである。日本でも、ハトを八幡神(はちまんじん)の使いとする伝承は古く、鎌倉時代の説話集『古事談』には、1091年(寛治5)のこととして、ハトの出現を「八幡の御使いか」と記す。ハトが八幡神の象徴とされたのは、この神が母子信仰の形をとることに由来するのであろう。
ハトは、「創世記」のノアの箱舟の物語にも登場する。大洪水を箱舟で逃れたノアは、ハトを放って陸地の所在を知る。ヨーロッパのキリスト教世界で広くハトが神聖視されてきたのも、古代イスラエルのハトの文化の伝統による。一般にハトはキリスト教の三位(さんみ)一体説の第三位、聖霊の象徴とされているが、すでに「ルカの福音書(ふくいんしょ)」は、キリストは、天が開け、聖霊がハトのように自分の上にきたのを見た、と記す。聖母マリアや天使もハトの姿に描かれることがあり、白いハトは純潔の象徴として尊ばれる。ハトと、ハトがくわえて戻ったオリーブはノアの物語に由来して、平和の象徴であるが、日本では、1919年(大正8)第一次世界大戦終結の平和記念切手に、この図案が用いられている。
[小島瓔]
食用
狩猟の対象とされ食用にされるのはキジバト(ヤマバトともいう)である。肉質は赤褐色で柔らかく、脂肪が少ない。寒いときにとれたものを寒バトといい、脂がのって味がよい。特有のにおいがあるので、たたき身にして団子にする場合はショウガなどを用いるとよい。料理は肉団子、焼き鳥、ローストなど、他の野鳥と同じである。アメリカで発達している食用バトは、野生のハトに比べくせがなく、鶏肉と同じように各種の料理に用いられる。
[河野友美・大滝 緑]
『日本野鳥の会編『キジバトのなかまたち』(1992・あすなろ書房)』▽『国松俊英著『ハトの大研究――古代から人とともに生きてきた鳥』(2005・PHP研究所)』▽『黒岩比佐子著『伝書鳩――もうひとつのIT』(文春新書)』