kotobank > ベニョフスキーとは
ベニョフスキーに近い言葉→ネフスキー|メレジコフスキー|トハチェフスキー事件|ボロフスキー|ターフスキー|パノフスキー|ヘイロフスキー|ストコフスキー|ミンコフスキー|タルコフスキー

ベニョフスキー【Benyovszky Mo´ric】
2件の用語解説(ベニョフスキーで検索)
- ブックマークする
Buzzurl
はてなブックマーク
livedoor クリップ
|共有する
Twitter
朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
1746
没年: 1786.5.23 (1786.5.23)
ハンガリー出身のポーランド軍人,江戸中期に日本と接触。独立運動に関与してカムチャツカに流刑となり,明和8(1771)年,同志と共に船を奪って脱出,阿波,土佐,奄美大島を経由してマカオに至り,帰欧。奄美から長崎オランダ商館に送ったロシアの南進策を強調した書簡は翻訳され「ハンベンゴロ(ベニョフスキーの転訛)の警告」として日本の海防論に刺激を与えた。マダガスカル島の独立を計って戦死。虚言癖があり,航海記は大言壮語に満ちている。<著作>『ベニョフスキー航海記』(水口志計夫・沼田次郎編訳)
(春名徹)
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
ベニョフスキー Benyovszky, Móric
 
1746-1786 ポーランドの軍人。
1746年9月生まれ。ハンガリーの人で,ポーランド軍に投じロシア軍とたたかって捕虜となるが,カムチャツカで1771年軍艦をうばって脱走。阿波(あわ)(徳島県)の日和佐などに寄港し,長崎のオランダ商館長あてにロシアの南進計画を通報。これは「ハンベンゴロ(ベニョフスキーの誤読)の警告」として知られる。1786年5月23日死去。39歳。
この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2009.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
ベニョフスキーの関連情報
「ベニョフスキー」に関連するつぶやき- Powered by twitter
ショッピング検索
「ベニョフスキー」のスポンサー検索

