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ベルリンの壁【べるりんのかべ】
4件の用語解説(ベルリンの壁で検索)
知恵蔵2011の解説-
1961年8月12日から18日にかけて、東ドイツ政府(当時)によって東西両ベルリンの間に築かれた、総延長156kmに及ぶコンクリート製の壁。89年11月9日にいわゆる「ベルリンの壁開放(崩壊)」が起こるまで、東西ドイツの民族分断の象徴であり、ひいては西側諸国の資本主義と、東側諸国の共産主義の対立の象徴でもあった。西側からは「恥辱の壁」とも呼ばれていた。
第2次大戦後、ドイツ帝国の首都ベルリンはソ連・アメリカ・イギリス・フランスの4国の管理下に置かれていた。48年3月、ソ連と西側3国は、西側がドイツ内の占領地区の経済統合を独断で決めたことなどが原因で対立、西側3国は管理下にある地区の通貨改革を断行した。ソ連はその報復措置として、同年6月からベルリン封鎖を行った。東西冷戦の核となったこのベルリン封鎖は、翌49年9月には解除されたが、同年10月にドイツ民主共和国(東ドイツ)が成立し、東ベルリンが首都となった。
53年6月から東ベルリンで労働ノルマ強化への反発から大規模な反政府暴動が発生した。その後も東西の交通が自由であったため、大量の労働者が経済的に繁栄する西側社会に向け、西ベルリン経由で亡命しつづけた。61年8月12から13日にかけて、東ドイツ政府は東西ベルリンの通行を遮断。国境検問所C(チェックポイント・チャーリー)を中心に西ベルリンを取り囲む形で有刺鉄線による壁が構築され、その後数度の改築を経て75年にコンクリート製、高さ3mあまりの障壁ができあがった。71年、ソ連を含むベルリン4カ国協定によって西ドイツ-西ベルリン間と東西ベルリンの交通は確保されたが、壁を越えようとする亡命者は後を絶たず、200名近い死傷者も出た。
85年、ソ連のゴルバチョフ書記長就任以来、ソ連はペレストロイカに入り、東欧諸国がこれに共鳴して民主化が飛躍的に進んだ。89年11月9日夕刻、東ドイツ政府によって、国外旅行と国外移住手続きの簡略化と実施が発表され、事実上の国境開放となるや、数万人の市民がゲート開放の10日0時を境に一斉に西ベルリンを訪れ、10日未明には市民の手によって壁が破壊され始めた。ドイツ民族の再統一と、東西冷戦の終結への劇的な風穴となったのである。
90年10月、東西ドイツは統一され、91年にはソ連が崩壊した。現在も、壁が撤去された地面にはそれを示す銘が刻まれている。
( 椎崎亮子 フリーライター ) 出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2009」
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とっさの日本語便利帳の解説- 一九六一年八月、東ドイツ政府は西ドイツへの逃亡者の激増への対抗策として、東西ベルリンの間に壁を作り、以後、西ベルリンは陸の孤島と化した。八九年一一月、東ドイツ政権は国外旅行の自由化を宣言し、ベルリンの壁は崩壊。翌年一〇月、東西ドイツの統一が実現した。
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デジタル大辞泉の解説-
ベルリン‐の‐かべ 【ベルリンの壁】
第二次大戦後にベルリンが東西に分割された際に造られた、西ベルリンを囲む壁。西ドイツへの人民の流出を防ぐため、東ドイツが1961年に構築。1989年11月9日、東ドイツで出国の自由化が発表されたのを機に、東西の市民によって壊され、撤去された。
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大辞林 第三版の解説-
ベルリンのかべ【ベルリンの壁】
もと東ドイツ(ドイツ民主共和国)領内にあった西ベルリンを取り囲むコンクリートの壁。高さ4メートル,長さ165キロメートル。西側諸国への亡命を防ぐため1961年に東ドイツ政府が構築。89年に東欧の解放が進む中で市民により破壊された。
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ベルリンの壁に近い言葉→ベルリン交響楽団|ベルリンの葬送|ベルリンの近代集合住宅群|ベルリン・ドイツ交響楽団|ベルリン放送交響楽団|ベルリン室内管弦楽団|ベルリン州立管弦楽団|ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群|ベルリンのムゼウムスインゼル〈博物館島〉|ベルリン大学
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