ボーシャン,P.(読み)ぼーしゃん

世界大百科事典(旧版)内のボーシャン,P.の言及

【宮廷音楽】より

…歌詞や楽譜はいうまでもなく,舞踊譜も宮廷と結びついていることが多い。ヨーロッパの宮廷舞踊においては,ルイ14世宮廷の名人ボーシャンPierre Beauchamp(s)(1636‐1705)によって1680年代から舞踊譜が使われ,フイエRaoul‐Auger Feuillet(1675ころ‐1710)が《コレオグラフィー(振付)あるいは舞踊を記述する技術》(1700)として公刊している。この〈モデル国〉フランスの宮廷舞踊譜は,多少形を変えて1705年にはライプチヒでドイツ語で公刊されており,このような記述されたものによる伝承法が,ドイツ人がフランスから学ぶことを助けたと考えられる。…

【パリ・オペラ座バレエ団】より

…世界で最も古いバレエ団。その初期にボーシャンPierre Beauchamp(1636‐1705)が専任の舞踊教師および振付者として活躍し,ダンス・クラシックの揺籃の場とした。その後,ペクールLouis Pécourt(1653‐1729),さらにデュプレLouis Dupré(1697‐1774)らが舞踊の技術と様式を発展させてきたが,1720年代にはそれまで優位を占めてきた男性舞踊家に伍して,カマルゴおよびサレMarie Sallé(1707‐56)の女性舞踊手が人気を競った。…

【バレエ】より

…ルイ14世は自分でも踊ったほどの熱心な踊りの愛好者であったが,職業的な舞踊家の養成を考え,1661年王立舞踊アカデミーAcadémie royale de danseを設立した。これは,J.B.リュリの王立音楽アカデミー(オペラ座)に吸収され付属舞踊学校となるが,専任舞踊教師にはルイ14世の舞踊教師であり,リュリと協力して宮廷バレエを創作したボーシャンPierre Beauchamp(1636‐1705)が任命された。今日,クラシック・ダンスといわれるものはアカデミック・ダンスともいわれているが,それはこのアカデミーで教えたダンスのことで,ボーシャンが考案した〈脚の五つの基本的ポジション〉を基礎としている。…

【フランス音楽】より

…宮廷バレエはアンリ2世の妃カトリーヌ・ド・メディシスの催した〈王妃のバレエ・コミック〉(1581)に端を発するとされ,王自身をも演舞者とするならわしがあった。ルイ14世のときリュリ,ボーシャンPierre Beauchamp(1636‐1705)らによって確立され,オペラ・バレエを経てやがてバレエの歴史をリードするフランス・バレエの光輝ある伝統を築くことになる。 一方,こうした宮廷芸術への反発が,たとえば枢機卿マザランにイタリア歌劇の招待上演を企てさせたが,フランスは同歌劇に隷属しない独自の悲歌劇を創りあげた唯一の国である。…

【振付】より

…これを専門的に行う者を振付者または振付師という。英語ではコレオグラフィーchoreographyというが,これはもともとは舞踊の記譜法を示す言葉で,1700年にフランスのフイエRaoul‐Auger Feuillet(1660ころ‐1710)とボーシャンPierre Beauchamp(1636‐1705)が自らの記譜法を〈choréographie〉と称して発表したのに由来する。その後も舞踊記譜法はさまざまなものが考案され振付が記録された。…

※「ボーシャン,P.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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