日本大百科全書(ニッポニカ) 「ミニマル・アート」の意味・わかりやすい解説
ミニマル・アート
みにまるあーと
minimal art
1960年代なかばのアメリカに台頭した抽象的な絵画、あるいは立体作品の一傾向。このことばが「最小限の芸術」の意味をもつように、作品から主観的・感覚的要素を極限まで排除して成立させようとする視覚芸術の動向をさす。ミニマリズムということばは以前にも使用例があるが、直接的には1965年にイギリスの哲学者リチャード・ウォルハイムRichard Wollheim(1923―2003)が、当時顕著になりつつあった芸術的動向を論じた論文のタイトルに「ミニマル・アート」の語を使用したことが契機となってこの名称が一般化した。1950年代に盛んだったアクション・ペインティングの激情的、個性志向的傾向に反抗して生まれた潮流であり、基本的にはカラー・フィールド・ペインティングとよばれるアド・ラインハルト(ラインハートとも)、バーネット・ニューマンらの幾何学的抽象の系譜を受け継いでいる。
このような動向を受けて1968年にニューヨーク近代美術館で「実在の芸術」展が開催され、1960年代後半から1970年代にかけてこの傾向が支配的になった。ミニマル・アートは、作家が美的価値を意識的に低減させた作品群をさして広く用いられることもあるが、より一般的にはこの展覧会で注目を集めた新世代以降の美術作品をさしてよぶことが多い。無表情な黒のストライプを並列するフランク・ステラ、平行線と矩形(くけい)で区切られた平面的なカンバスによって物体としての特性をあらわにするアグネス・マーチンAgnes Martin(1912―2004)などの作品は、絵画におけるその例である。また立体作品では、同一スケールの四角形の箱を同一間隔で並列するドナルド・ジャッド、線状の空洞化した同じ単位のユニットを立体的に組み上げるソル・ルウィット、同一四角形の金属板やタイルを画廊の空間に敷き詰めるカール・アンドレらの作品があげられ、非個性的で空間そのものを中性化する。これらの作品は、その名が示すように芸術上の自己表現を最小限度に抑制し、作品の色彩、形態、構成を基本的要素にまで還元して、空間を組織化していくところに特徴がみられる。このようなミニマル・アートは、蛍光灯のチューブを数学的に配列したダン・フレービンのライト・アートから、1970年代以降盛んになった大自然に展開するアースワークのなかで、石のサークルを制作したロバート・スミッソンや石塊の集積で単純化された幾何学的形態を形づくるリチャード・ロングに至る作風にまで及んでおり、広く各国の美術に影響をもたらした。
やがてミニマル・アートは、19世紀末から単純化・平面化・純粋化の道を推し進めてきたモダン・アートが、その発展のなかで極点にまで達したものと理解されるようになり、これと前後して台頭したコンセプチュアル・アート(概念芸術)とともに、20世紀における抽象芸術の完成と終わりを意味すると考えられる傾向が強くみられた。1970年代後半から「ポスト・モダニズム」をめぐる論議が盛んになるのはそのためである。1970年代末以降1980年代にかけて、「前衛」や「新しさの神話」が崩壊し、欧米各地で内面的衝動や情念、歴史的記憶を具象的形態によびさます新表現主義(ニュー・ペインティング)が同時発生してくるのは、長期にわたるミニマル・アートの禁欲主義への反動からであった。
[石崎浩一郎]
『藤枝晃雄著『現代美術の展開――美術の奔流この50年』(1986・美術出版社)』▽『千葉成夫著『ミニマル・アート』(1987・リブロポート)』▽『美術手帖編集部編『現代美術――ウォーホル以後』(1990・美術出版社)』▽『フランク・ウィットフォード著、木下哲夫訳『抽象美術入門』(1991・美術出版社)』