朝日日本歴史人物事典 「三遊亭円生(初代)」の解説
三遊亭円生(初代)
生年:明和5(1768)
江戸後期の落語家。本名は不詳,一説に通称を橘屋松五郎といったという。江戸神田生まれ。当初は役者声色を業としたが,寛政9(1797)年ごろ山遊亭猿松の名で噺家となったとされる。それ以前に東亭八子門で多子と称し,また初代三笑亭可楽門に転じて東生亭世楽と称したとする説があるが,これはやや疑わしい。初代烏亭焉馬門で立川焉笑,さらに文化年中(1804~18)には三遊亭円生となっている。「芝居懸り鳴物入り元祖」と称されるが,詳しい芸風は伝わってない。浅草の堂前に住んだところから「堂前の師匠」と呼ばれ,人望厚く多数の門弟を擁し,今日につながる三遊派の祖となった。<著作>『東都噺者師弟系図』(『新燕石十種』4巻)
(山本進)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報