上庄内門原村(読み)かみしようないもんばらむら

日本歴史地名大系 「上庄内門原村」の解説

上庄内門原村
かみしようないもんばらむら

[現在地名]榛原町勝田かつた

上庄内村の北に位置し、勝間田かつまた川上流右岸の河岸段丘上に立地する。北は切山きりやま村。天正二年(一五七四)六月二七日の武田家朱印状(野村文書)に「勝間田上庄之内門原」とみえる(→上庄内村正保郷帳などでは上庄内村に含まれた。元禄郷帳に村名がみえ、高一八一石余。国立史料館本元禄郷帳では幕府領、ほかに瑞昌ずいしよう院領・満蔵庵領が記される。享保郷村高帳では旗本駒井領。旧高旧領取調帳でも駒井領一七五石余、ほかに瑞昌院領五石余がある。天保一五年(一八四四)の宗門人別帳(竹内家文書)では家数四一・人数二〇五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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