下小鹿野村(読み)しもおがのむら

日本歴史地名大系 「下小鹿野村」の解説

下小鹿野村
しもおがのむら

[現在地名]小鹿野町下小鹿野

赤平あかびら川の左岸、上小鹿野村の東に位置する。同村からの往還が地内泉田いずみだで分岐し、一方は赤平川に沿い北の下吉田しもよしだ(現吉田町)に、もう一方は赤平川を越え対岸の長留ながる村に向かう。古くは上小鹿野村と一村で小鹿野村・小鹿野郷などと称していたが、元禄郷帳作成時までに分村したという。元禄郷帳に下小鹿野村が載り、高七九六石余。国立史料館本元禄郷帳では幕府領。ほかに当地鳳林ほうりん寺領(高五石)があった。明和二年(一七六五)旗本松平領となり、以後同領で幕末に至る(「風土記稿」「郡村誌」「寛政重修諸家譜」など)。「風土記稿」によれば家数二九八、農間に男は山稼をしたり、女は養蚕や絹・木綿織などを行っていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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