翻訳|middle class
社会の階級・階層構造において、その上下いずれの層にも属さず、中間的な部分を構成する雑多な諸階層をさす。したがって、ひと口に中間層といってもその性格はきわめて不明確であり、職業、収入、学歴などの点でも多種多様であって、それ自体行動能力をもたず集団的まとまりを欠く。それはまた、上層部分と下層部分との間にあってつねに動揺し、確固とした基盤をもたず、政治的にも経済的にも社会的にも中間的・浮動的な立場にたち、それに応じた中間的・媒介的な機能を営む、と考えられている。
[濱嶋 朗]
雑多な要素から構成されるが、しいてグルーピングをすれば、伝統的な生業基盤にたつ農・工・商業自営層および自営の専門的職業者からなる旧中間層(中産階級ともよばれる)と、産業構造の変化につれて大量に出現した事務・サービス・販売関係業務に従事する雇用勤労者、つまり新中間層とに分けられる。前者は生産手段または営業手段その他の資産所有に由来する生活様式の特性によって、生産手段を所有せず自己の労働力を商品として売ることによって生計をたてる雇用労働者の生活様式とは区別される。
なお、政治学上の機能的概念として、支配層と被支配層を媒介する中間層概念が用いられることがある。この場合、社会のピラミッド型権力機構の末端に位置し、権力に同一化し、被支配層に対し権力を行使するか権力を媒介する役割を果たす一群の人々が考えられている。政治学的には、企業内の第一線監督者、軍隊の下士官、村の重立(おもだち)(旧家)層、政治ボスなどは、支配層と被支配層との中間にあって権力を媒介し、体制順応に水路づける重要な機能を果たしている。
ところで、中間層という場合の「中間」は、上下いずれかの両極に対して、この両極に分化・分解していない部分を意味している。この中間性は、生産手段の所有に関しては、それを所有して他人労働を搾取する資本家と、それを所有しないために他人によって搾取される労働者に社会が完全に両極分解し尽くすのではなく、その中間形態として生産手段を所有するが他人労働を搾取しない(もしくは搾取してもその度が少ない)層が残留する事態に着目する。この中間的所有者が早晩いずれかの極に分解する傾向にあるとみるかみないかについては意見は分かれるが。また、この中間性は、物質的な豊かさや生活程度あるいは生活様式、生活態度についてみると、金持ちと貧乏人、上層と下層などに区別された場合に、金持ちでも貧乏人でもない多数の人々に当てはまり、これを中間層ないし中流階級として一括することになる。中流階級というときには、豊かさの程度または生活程度が中位の人々を意味する。しかし、この中間性がいかなる基準によってどのように測定されるかは、かならずしも明確ではない。
[濱嶋 朗]
(1)歴史的には、中世末期の自治都市に興隆してきた第三身分(商工自由業者)が、特権的支配身分と特権のない一般庶民との間の中間層を構成し、市民革命の推進勢力となったが、資本主義確立後はブルジョアジーとプロレタリアートの間に挟まれた小市民層(プチ・ブルジョアジー)(農・工・商業自営層)が中間階級として位置づけられた。これらの伝統的生産様式に携わる人々を旧中間層とよぶ。これに対し、資本主義が高度に発達した段階で、産業構造の変化や産業組織の大規模化・複雑化などに伴い専門・管理・事務・販売などの非現業部門の業務に携わる膨大な雇用労働者群が登場し、資本家・経営者と労働者との中間にあって経営補助労働を行うか、生産現場ではなく事務所でシンボルを用い対人関係において働くようになった。この一群の人々を旧中間層と区別するために新中間層とよんでいるが、これはブルーカラーに対してホワイトカラーともよばれている。
(2)資本主義の高度化につれて旧中間層は没落ないしは停滞傾向をたどり、これにかわって新中間層というきわめて雑多な職業につく階層が急速に増大しつつあるが、この歴史的趨勢(すうせい)はマルクス主義の階級理論にとって重大な問題提起をする結果になった。マルクス主義においては、資本主義社会を構成するのは労資二大階級であり、ほかはいわば中間的・過渡的存在であって、歴史を形成し推進する主体的力量もなく、資本主義の発展につれこの中間部分は労資二大階級に両極分解を遂げるものとされていた。確かに、農民層については両極分解過程は遂行されたが、商工業自営層についてはかならずしも直線的な没落傾向はみられず、むしろ微増する傾向もないではない。そればかりか、旧中間層の停滞傾向に引き比べ、19世紀末以来、とくに第二次世界大戦後の社会変動(産業の高度化、機構の官僚制化など)の過程で新中間層が急激に肥大化した事実は、生産力の飛躍的上昇に伴う生活水準の向上、生活様式の標準化などにより古典的な貧困が姿を消し、窮乏化を解消したかにみえる「平準化された中間階級社会」の到来と相まって、一義的なプロレタリア傾向を否定する有力な根拠となった。
[濱嶋 朗]
新中間層の肥大化をどうみるかは、現代産業社会の階級構造の存在形態と発展方向をどうとらえるかという問題に深くかかわっており、そこに中間層問題の問題性があるといってよい。新中間層に代表される小市民的な生活様式と思考様式の一般化は、私生活の快適化を図るあまり体制内に埋没し、階級闘争や階級意識を鈍らせる脱プロレタリア化の作用を及ぼしており、いわゆる中流意識が労働者層や底辺層を含む広範な階層にはびこりつつある事態の背景をなしている。その点で、現代社会は、階級構造の中間部分に広範かつ多様な、しかしその生活と意識においてかなりに同質的な大量の人々(ミドル・マスmiddle mass)が集中する社会である、といえないこともない。
[濱嶋 朗]
『ミルズ著、杉政孝訳『ホワイト・カラー』(1957・創元社)』▽『大河内一男著『日本的中産階級』(1960・文芸春秋新社)』▽『石川晃弘他著『みせかけの中流階級』(1982・有斐閣)』▽『岸本重陳著『「中流」の幻想』(講談社文庫)』
ミドルクラスの訳語の一つで,最広義には何らかの二つの層の中間に位する社会層を総称する。しかし,その歴史的な実態の相違により,また,その実態を問題にする観点や視角の違いに応じて,概念的に区別しておかなければならないところから,ほかに〈中産階級〉〈中間階級〉〈中流階級〉〈中流階層〉と訳されることもある。つまり,これらはすべてミドルクラスの訳語でありながら,それぞれが指し示す実態とその含意は異なるのである。
たとえば中世末期から近世にかけて,主として自由都市に台頭してきたいわゆる〈第三身分〉としての商工自由業者たちが,特権的支配身分と庶民との間に位する中間層を構成していたが,これを指す場合には,ふつう,〈中産階級〉の語が使われる。また絶対主義から市民革命への移行期には,いわゆる〈ブルジョアジー〉,すなわち〈市民〉が中間層を形成していたが,この場合は,通常,〈中間階級〉の語が当てられる。
そうして資本主義社会の成立以降は,資本家階級(ブルジョアジー)と労働者階級(プロレタリアート)の間に挟まれた中小企業主,自営農民,商人,自由業者など伝統的生産手段の所有者を指すのに,ときに〈中産階級〉とか〈中間階級〉という語が比喩的に用いられてきた。しかし,その後,20世紀に入って資本主義が高度に発達した諸国ではこれら比喩的中産階級(中間階級)に変質が生じた。K.マルクスが解明した資本主義の基本法則によって,ブルジョア化とプロレタリア化という基本的な二大階級にみずからを分解させる傾向を一方にみせつつも,全体としては必ずしも縮小から衰滅の道を示していないこと,他方,これとは異なる主として管理,事務,販売業務などに携わるサラリーマン層を中心とした,俗に〈ホワイトカラー〉と呼ばれる新しい様態の中間層が登場してき,しかもそれが増大化の一途をたどり,社会的人口の圧倒的多数化を予測させるにいたったことである。そこで前者を〈旧中間層〉,後者を〈新中間層〉と呼んで区別するようになった。
かくて資本主義社会における〈中間層問題〉は,かつては旧中間層の分解と没落が問題の中心をなしてきたが,旧中間層の衰滅が歴史的現実の動態では必ずしもないということと,新中間層の登場およびその増大化の事実が,中間層の社会的性格を問題とする方向に転換させていった。しかも一方では労働者階級が,高等教育の普及と客観的な社会的地位の向上とによってさまざまな権利を獲得し,中間層化の歴史的現実の動向と相まって,社会的人口の圧倒的〈中流階級〉化の問題として現れてきた。つまりは単にそれ自体の存在の問題としてだけではなくして,社会的人間の〈意識の問題〉として,今後の中間層問題の意義があるものと解される。
以上のような実態史を踏まえた現代中間層の概念化は,実態的な階級概念としてのみならず操作的な階層概念としても探究されなければならないことを示唆する。言い換えれば社会科学の問題としては,マルクス主義の階級概念とともに,戦後アメリカ社会学が展開してきた社会的格付けrankingによってもたらされる個人あるいは家族の地位statusの分化という〈成層stratification〉概念によらなければ,現代の中間層の問題を取り扱うことはできないのである。
→新中間層
執筆者:安江 孝司
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…ミドルクラスmiddle classの訳語であり,学術的正確さに欠けるうらみはあるが,中間階級,中間層といった用語と互換的に使われることがある。古くは18世紀フランスにおいて支配階級であった貴族,僧侶に対する〈第三身分〉として,新興の都市商工業者を指すのに用いられた。…
…この問題は〈地位の非一貫性status inconsistency〉と呼ばれ,階層分析における重要課題の一つになっている。
[階層構造と社会移動]
全体社会の階層構造は一般にピラミッド型をなしていると考えられやすいが,日本を含む先進諸国の階層構造は中間層がふくらみ,底辺部分は逆にすぼまった形をとっている。これは,所得が平準化し,教育が普及し,非熟練職種や汚れ仕事がしだいに機械によっておきかえられていくことの結果である。…
…資本主義社会の基本的特徴の一つは〈階級社会〉である。原理的にいえば,資本と賃労働を基軸に,資本主義社会は〈生産手段を所有する資本家階級(ブルジョアジー)〉と〈労働力商品の担い手である労働者階級(プロレタリアート)〉とに両極分解を遂げ,それ以外は両者の中間に位する〈中間階級〉ないしは〈中間層〉として把握される。それとともに,この中間層の〈一部が資本家階級に,その他は労働者階級に〉というかたちをとる階級分解が不断に進行することで,ついには中間層の自己消滅をみる,と解される。…
…ミドルクラスmiddle classの訳語であり,学術的正確さに欠けるうらみはあるが,中間階級,中間層といった用語と互換的に使われることがある。古くは18世紀フランスにおいて支配階級であった貴族,僧侶に対する〈第三身分〉として,新興の都市商工業者を指すのに用いられた。…
…48年革命の前後に大きく浮かび上がった社会問題においても,〈近代〉と〈伝統〉の相克は深刻であった。中世以来の都市と農村のローカルなたたずまいを色濃く残したまま急激な近代化・工業化に乗り出したドイツでは,広範な手工業者・商人また農民層の守旧的・身分制的意識が強く,近代化・工業化に伴うブルジョアジーとプロレタリアートの台頭に対して国家の保護を求め,かつ国家の柱石たることを自負する独自の〈中間層〉意識が形成されることとなった。また,近代化・工業化とともに増大の一途をたどるホワイト・カラー層の間にも,領邦国家の官僚制の伝統と相まって,中間層意識が涵養されることとなる。…
…ファシズムの運動は,このように制服を着用した行動隊組織の存在と,それによる暴力の行使,集会と行進による示威,そして強力な指導者を中心とする権威主義的内部秩序(〈指導者原理〉)を特徴とする。 ファシズム運動の支持者層については,国によって違いがあるにしても,いわゆる〈中間層ファシズム論〉の立場が強調するように,新・旧の中間層,つまりホワイトカラーや中小企業主,零細商人,手工業者,農民などが多かった。しかし,ファシズムが一般にどこの国でも,青年層や失業者と未組織労働者などの一部労働者の支持を集めたことも,これに劣らず重要であり,さらに活動家層についてみれば,第1次大戦の戦場体験(塹壕体験)や,戦場で青春を燃焼し尽くして平和な市民生活への適応能力を失った元前線兵士たちの絶望的な行動主義が注目を要する。…
※「中間層」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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