手術可能と判断される乳がんの場合、乳房内のがんの大きさや進展範囲、患者の希望、身体状況などを考慮して術式が選択される。また必要に応じて乳房周辺の領域リンパ節郭清(切除)が行われる。
(1)乳房温存手術(乳房部分切除術)
乳房を全摘出せず、乳頭と乳輪を残した上で、腫瘍を周囲の正常乳腺を含めて部分切除する術式である。日本では現在もっとも実施割合の高い術式となっている(約60%)。乳房温存手術の目的は、乳房内再発率を高めることのないよう病巣を確実に切除しつつ、整容的に患者が満足できる乳房を残すことである。ステージ0~Ⅱに対する標準的な外科療法に位置づけられる。かつては乳房の4分の1程度を切除する扇状部分切除術が多く行われていたが、近年では術前の画像検査で腫瘍範囲を詳細に測定し、より狭い範囲を円形に切除する円状部分切除術が増加している。術後に放射線療法を実施し、乳房内再発を予防する。
(2)乳房切除術(乳房全摘術)
乳房全体を切除する術式で、がんが乳房の広範囲に広がっている場合などに選択される。胸筋を残すため、術後に腋窩が陥没したり、皮膚に肋骨が浮き出たりすることは少なく、従来行われてきたハルステッド法(胸筋+腋窩~鎖骨下リンパ節も切除する術式)や拡大乳房切除術(ハルステッド法+鎖骨上リンパ節と胸骨傍リンパ節の切除も加えた術式)などに比べると整容性にも配慮されるようになっているが、治療成績は乳房温存手術に放射線治療を併用した場合と同等との報告があり、近年は実施割合が低下している(約30%)。
一方で、乳房皮膚、乳頭、乳輪を残し、皮下の乳腺を全切除する乳頭温存乳房切除術が整容性の面からも普及してきている。
(3)腋窩リンパ節郭清
乳房内のがん細胞が最初に転移するリンパ節のほとんどは腋窩リンパ節(わきの下の脂肪組織の中に埋め込まれるように存在しているリンパ節)であり、腋窩リンパ節を周囲の脂肪組織も含めて一塊(ひとかたまり)に切除することを腋窩リンパ節郭清という。転移の有無や転移個数を調べることに加え、再発を防ぐことを目的に行われる。
(4)乳房再建術
手術によって失われた乳房を形成外科の技術によって再建する手術である。自家組織を用いる方法と人工乳房(インプラント)を用いる方法があり、乳房切除術と同時に行う一次再建と切除術後期間をあけて行う二次再建に分けられる。自家組織による再建ではおもに腹部や背中の組織を移植し、乳房の形状を再現する。人工乳房による再建では皮膚を伸ばすエキスパンダーを胸の筋肉下に挿入し、その内部に生理食塩水を注入して乳房の形に膨らませ、エキスパンダーをシリコン製の人工乳房に入れ替える。手術を担当するのはおもに形成外科医となる。
治療によって変化した外見を補い、術後のQOLの維持や乳房を失うことで生じる心理的ショックを和らげることを目的に行われるもので、実施は患者の希望に基づくが、乳房切除を行うすべての女性において検討されるべきものである。
(5)術後合併症
乳がんの手術範囲は乳房周囲の限定された部位であるため、内臓機能などの全身への影響は小さく、術後比較的早期に通常の生活に戻ることができる。一方、手術した側の腕や肩の運動障害(動かしたりあげたりがしにくくなる)、痛み、むくみ、倦怠(けんたい)感、感覚障害(しびれなど)が生じることがある。このため、術後には肩や腕の運動リハビリテーションが行われる。また腋窩リンパ節を切除した場合には、リンパ浮腫のために腕にむくみが生じることがある。リンパ浮腫は、術後間もないときから起こることもあれば、数年後に起こってくることもある。
その他、片側の乳房切除により左右の身体のバランスが崩れ、歩行時などに不安定感を覚えることがある。乳がん術後用の補正用品や補正下着(乳房パットなど)の使用は、術後の胸部を保護しつつ身体の左右バランスや外見の整容性を保つのに役だつ。
[渡邊清高 2019年9月17日]
高エネルギーのX線や電子線などの放射線を体外から照射し、がん細胞の遺伝子を損傷させることで増殖の活発ながんを抑制する。手術同様、局所療法に位置づけられる。放射線は正常細胞も通過するが、がん細胞に比べてダメージを受けにくく回復しやすいため、がん組織を効率よく攻撃できる。乳房温存手術後に、温存した乳房やリンパ節などからの再発を抑制する目的で予防的に実施されたり、あるいは再発後、がん細胞の増殖や骨転移に伴う痛み、脳転移による神経症状などを軽減する目的で実施される。近年では外来での治療が主流となっている。
最近では陽子線や重粒子線という特殊な放射線を使った治療が種々のがんに対して行われるようになってきたが、乳がんでは治療標的とする病変が体表に近く、X線や電子線で安全かつ効率よく治療できるため、陽子線や重粒子線による治療は健康保険の適用にはなっていない。
放射線治療による副作用として、放射線照射部位の皮膚炎(赤み、熱感など)が治療中~治療後1、2週間にみられることがあるほか、皮膚の乾燥、倦怠感、食欲不振などが生じることもある。また、治療終了後、数か月を経て起こりうる晩期副作用として、肺炎、咳や微熱の持続などがある。
[渡邊清高 2019年9月17日]
従来、腫瘍の大きさやリンパ節転移の有無など解剖学的な所見に基づいて薬物療法が選択されてきたが、前述の通り、近年ではエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2タンパク、Ki67の各生物学的因子に基づいた薬剤の使い分けが提唱されている。これらの因子に基づく分類は「サブタイプ分類」とよばれ、(1)ルミナルA型、(2)ルミナルB型(HER2陰性)、(3)ルミナルB型(HER2陽性)、(4)HER2型、(5)トリプルネガティブの5型に分けられる。
おのおのの臨床病理学的特徴として、(1)ルミナルA型はエストロゲン受容体およびプロゲステロン受容体陽性、HER2タンパク陰性、Ki67低値、(2)ルミナルB型(HER2陰性)は、エストロゲン受容体が陽性または陰性、プロゲステロン受容体が弱陽性または陰性、HER2タンパク陰性、Ki67高値、(3)ルミナルB型(HER2陽性)は、エストロゲン受容体陽性、プロテステロン受容体が陽性または陰性、HER2タンパク陽性、Ki67低~高値、(4)HER2型はHER2タンパクのみ陽性、(5)トリプルネガティブはエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2タンパクがすべて陰性(ネガティブ)の状態である。
選択される薬物療法の基本は、ルミナルA型がホルモン療法、ルミナルB型(HER2陰性)がホルモン療法に加え、場合により化学療法、ルミナルB型(HER2陽性)が化学療法+抗HER2療法+ホルモン療法、HER2型が化学療法+抗HER2療法、トリプルネガティブが化学療法とされている。
(1)ホルモン療法
乳がんでは、がん細胞の増殖に女性ホルモンを必要とするタイプが全体の7~8割を占める。このタイプには女性ホルモンの働きを阻害する「ホルモン療法」の効果が期待される。対象となるのはエストロゲン受容体かプロゲステロン受容体のいずれかが認められるホルモン受容体陽性の乳がんである。使用されるのは抗エストロゲン薬(タモキシフェン、トレミフェン、フルベストラントなど)、アロマターゼ阻害薬(アナストロゾール、エキセメスタンなど)、LH-RHアゴニスト(黄体ホルモン放出ホルモン抑制薬。ゴセレリン、リュープロレリンなど)などで、閉経前患者では卵巣からのエストロゲン分泌を抑制するLH-RHアゴニストや、女性ホルモンのエストロゲン受容体への結合をブロックする抗エストロゲン薬、閉経後患者では微量に放出される男性ホルモンからのエストロゲン合成に関わるアロマターゼという酵素を阻害するアロマターゼ阻害薬、あるいは抗エストロゲン薬が用いられる。
手術可能なホルモン受容体陽性乳がんでは、腫瘍を縮小させて手術を行うことで、切除範囲を小さくして術後の合併症や組織欠損を小さくすることを企図して、術前ホルモン療法が行われることがある。一方、手術後に微小な残存病変の根絶や再発リスクの低下を目的としてホルモン療法を行う場合には、薬剤の種類や再発のリスクなどにもよるが5~10年間程度治療が続けられる。
ホルモン療法の副作用は殺細胞性の抗がん剤による治療に比して少ないものの、更年期障害様の症状(ほてり、のぼせ、顔面紅潮、発汗、動悸(どうき)など)、体重増加、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)が現れる場合があり、必要に応じて症状を緩和させる薬剤などを併用しながら治療を継続していく。
(2)化学療法(抗がん剤治療)
がん細胞は正常細胞と異なり、際限なく増殖し続ける性質がある。化学療法は殺細胞性の抗がん剤を用い、細胞増殖を制御している遺伝子の複製や転写機構に作用したり、がん細胞の分裂を阻害したりすることで異常な増殖を抑制する。
根治目的で手術療法に併用して化学療法が行われる場合、術前に実施される化学療法(術前補助化学療法)と術後に実施される化学療法(術後補助化学療法)があり、前者は、腫瘍が大きい、術後の合併症や組織欠損が大きいなどのために手術困難な場合に、手術の根治性を高めることを目的に3か月~半年ほどかけて術前化学療法を行うことで、あらかじめ腫瘍を縮小させて手術を行うものである。後者は、手術による治療効果を高め、術後の転移・再発を防ぐため、潜在している微小転移を滅することを目的に行われる。術後補助化学療法では、作用が異なる複数の抗がん剤を併用し、効果的にがん細胞を攻撃する。
また、手術が困難な進行がんや再発がんに対しても化学療法が検討される。手術不能・再発・進行乳がんの場合の殺細胞性抗がん剤の使用においては、効果と不利益(副作用や後遺症のリスク、コストなど)のバランスが重視される。殺細胞性抗がん剤による治療は、肺・肝臓・脳など生命予後に影響を及ぼす病変がある場合に、腫瘍の縮小や症状の軽減効果を期待して検討される。一方、転移を有する場合であっても生命予後への影響が少ないと考えられる場合には、がんの特性(ホルモン受容体の有無、HER2の発現、悪性度など)、患者の状態(全身状態、閉経の前後、臓器機能)、患者の希望(生活への影響、整容、治療方法やコストなど)などさまざまな側面からの検討が行われ、なるべく負担の少ない治療法が検討される。
乳がんに使用されるおもな抗がん剤には、アントラサイクリン系薬剤(ドキソルビシン、エピルビシンなど)、タキサン系薬剤(ドセタキセル、パクリタキセルなど)、代謝拮抗(きっこう)薬(フルオロウラシル、カペシタビン、ゲムシタビンなど)、ビンカアルカロイド、エリブリンなどがある。がんの進行状態や患者の状態、治療反応性、過去の治療歴など複数の要素を考慮して治療薬が選択され、薬剤により経口または経静脈的に投与される。
殺細胞性の抗がん剤は正常細胞にも影響を及ぼすため、使用にあたっては副作用が生じる。毛髪、口腔(こうこう)や消化管などの粘膜、血球をつくる骨髄などの新陳代謝が盛んな部位はとくに影響を受けやすく、脱毛、口内炎、下痢、白血球(好中球)や血小板の減少などが発生する。全身倦怠感、吐き気、手足のしびれ、筋肉痛、関節痛、皮膚や爪の変化、肝機能異常などがみられることもある。これらの副作用に対しては、予防や対策を講じながら、治療を円滑に進められるよう配慮される。好中球減少に対するG-CSF(顆粒球(かりゅうきゅう)コロニー刺激因子)製剤や、貧血に対する輸血の実施、吐き気・嘔吐のリスクが高い薬剤を使用するときの制吐剤の予防的な使用など、副作用に対する予防や治療・ケア(支持療法という)が、治療と同様に重視されている。
(3)分子標的治療(抗HER2療法)
分子標的治療は、がん細胞の増殖に関わる分子を標的とし、その働きをピンポイントで阻害する治療法である。乳がんではHER2タンパクががん細胞の増殖に強く関わっているため、この働きを選択的に阻害する抗HER2療法が行われる。使用される分子標的治療薬には、トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)、ペルツズマブ(商品名:パージェタ)、トラスツズマブエムタンシン(商品名:カドサイラ)、ラパチニブ(商品名:タイケルブ)などがある。乳がん患者の15~20%を占めるHER2陽性患者が対象になる。
抗HER2療法は一般に、化学療法に比して副作用は少ないが、心機能低下や呼吸機能障害、インフュージョンリアクション(発熱、悪寒、頭痛、発疹、嘔吐などの一過性の急性輸注反応)、手足症候群(手足の赤み・腫(は)れ・ひび割れ・痛みなど)など、特有の副作用が生じることがある。
分子標的治療薬の仲間には、がん細胞に栄養や酸素を供給する血管の新生を阻害するベバシズマブ(商品名:アバスチン)や、がん細胞の増殖に関わるmTOR(エムトール)タンパクの働きを阻害するエベロリムス(商品名:アフィニトール)、細胞分裂の制御機構を治療標的としたCDK4/6阻害薬であるパルボシクリブ(商品名:イブランス)やアベマシクリブ(商品名:ベージニオ)などもあり、乳がんの治療に用いられている。
なお、若年発症の乳がん、乳がんや卵巣がんなどの家族歴を有する乳がん患者においては、BRCA1、BRCA2遺伝子変異の検査が考慮される。遺伝性乳がんの治療薬として、BRCA1/2陽性の場合には、PARP阻害薬であるオラパリブ(商品名:リムパーザ)が適応となる。BRCA1/2遺伝子変異はDNAの損傷応答経路に異常をきたすことによって、乳がん・卵巣がんなどの若年発症をもたらす。オラパリブはがん細胞に特異的に作用し、BRCA変異をもつがん細胞に細胞死を誘導することで抗腫瘍効果を発揮する。一方で、BRCA1/2変異は生殖細胞系列変異であり、血縁者の発症リスクや、家族性卵巣がん・乳がん症候群(HBOC)の同定につながる可能性がある。ゲノム情報に基づく医療・予防の実施、患者・血縁者への検査前・検査後の遺伝カウンセリングの実施など、ゲノム医療提供体制の整備が進められている。
[渡邊清高 2019年9月17日]