家庭医学館 「乳房のしくみとはたらき」の解説
にゅうぼうのしくみとはたらき【乳房のしくみとはたらき】
乳房は、女性のシンボルともいうべき器官ですが、乳房のもつ重要な役割は、乳汁(にゅうじゅう)(母乳)を分泌(ぶんぴつ)して赤ちゃんを育てることです。
母乳には、未発達な部分を多くかかえる新生児の発育にこたえられるよう、高カロリーで質のよいたんぱく質、脂質、糖質、ビタミン、無機質などの栄養素が、豊富にバランスよく含まれています。また、母乳にはウイルスなどの感染を予防する有益な物質も多く含まれており、母乳栄養児は病気にかかりにくいことが知られています。
このようなことから、いかに改良を加えられた人工乳であっても、質の点では決して母乳にはかないません。
さらに、授乳を通じてのスキンシップは、健全な母子関係の確立に大きく役立っています。
●乳房のしくみ
●乳房の年齢による変化
●妊娠による乳房の変化
●乳汁の分泌されるしくみ
●産褥期の乳汁分泌
●乳房のおもな病気
●乳房(にゅうぼう)のしくみ
乳房は、哺乳類(ほにゅうるい)の特徴である授乳を行なう器官です。乳房の位置は、第2ないし第3肋間(ろっかん)から第6ないし第7肋間の高さにあります。乳房の大きさや形状は、人種、体格、肥満度によりいろいろですが、一対の乳房は左右の大きさが異なることが少なくなく、多くは左が大きいようです。
乳房の中は、おもに乳腺(にゅうせん)と脂肪組織から成り立っています。乳腺は、はっきりとした分葉構造(ぶんようこうぞう)を示し、結合組織および脂肪組織からなる乳房支帯(にゅうぼうしたい)により15~25の乳腺葉(にゅうせんよう)に分かれ、乳頭(にゅうとう)を中心に放射状にならんでいます(図「乳房のしくみ(1)」、図「乳房のしくみ(2)」)。おのおのの乳腺葉はそれぞれ2~4.5mm径の乳管(にゅうかん)をもち、乳管は紡錘形(ぼうすいけい)の膨大部(乳管洞(にゅうかんどう))を形成して、15~25の乳口(にゅうこう)として乳頭に開口しています。
乳腺葉の先は、さらにより多数の小葉(しょうよう)(乳腺小葉)に分かれ、それぞれの小葉は、10~100の乳腺細胞(腺胞(せんほう))の集まりである腺房(せんぼう)に分かれます。分娩(ぶんべん)後の乳汁はここでつくられ、乳管を通って乳頭から分泌されます。
乳頭の周囲を乳輪(にゅうりん)といい、多数の皮脂腺(ひしせん)、汗腺、10個程度の乳輪腺がみられます。乳頭、乳輪の皮膚には、たくさんの種類の知覚神経末端があり、その刺激によって、乳頭勃起(ぼっき)と視床下部(ししょうかぶ)‐下垂体(かすいたい)反射がおこり、乳汁分泌ホルモンの分泌をうながします。
乳頭、乳輪の皮膚の色素沈着は若い人に強く、閉経後はやや退色します。
●乳房(にゅうぼう)の年齢による変化
女子の乳房は、性ホルモンの分泌がみられる小学校低学年から発育が始まります。思春期の13歳ごろになると、乳房はおもに卵巣から分泌されるエストロゲンの刺激により、円盤状の隆起(りゅうき)となり、乳輪の拡大と、乳頭の隆起が目立ってきます。
青年期になり、月経周期が始まると、卵胞期(らんぽうき)のエストロゲン、黄体期(おうたいき)のプロゲステロンの共同作用により、乳房全体の輪郭、かたさ、小葉・腺房組織がしだいに形成され、乳頭、乳輪の色素沈着もみられるようになってきます。
さらに、この2つのホルモンによる乳房末梢(まっしょう)部の発達により、乳房は緊満(きんまん)状態になり、成熟した乳房が形成され、乳輪の隆起は目立たなくなります。
30歳代後半から乳房は後退期にはいり、乳腺組織はしだいに退縮が始まります。更年期(閉経前)になると、卵巣機能の衰えとともに、血中の性ホルモンの減少により、老年性の乳腺の退縮が始まります。
閉経以後は、乳腺実質(乳腺固有の機能を営む部分)の継続的な消退とともに、脂肪組織化が乳房の末梢から中心にむかっておこってきます。やがて乳腺はほとんど消失し、脂肪組織のなかに少数存在する乳管だけになります。
●妊娠による乳房(にゅうぼう)の変化
妊娠5~8週には、乳輪、乳頭の色素沈着が増えて色が濃くなり、乳輪部が拡大して、乳輪腺が隆起してきます。
妊娠週期が進むにつれて、乳房は全体がかたく張ってきて、増大し、皮下の静脈が怒張(どちょう)して皮膚の上から見えるようになります。また、急速に乳房が大きくなるために、表皮が断裂し、妊娠線が形成されることもあります。
乳房の内部では、妊娠3~4週ごろから乳管の枝分かれが始まり、妊娠3か月ごろからは腺房の発達が著しくなります(図「妊娠による乳房の変化」)。妊娠5~6か月ごろになると、腺房腔内(せんぼうくうない)に初乳(しょにゅう)がたまり始め、乳頭を軽く圧迫すると、少量の乳汁が出てくるようになります。妊娠末期になると、腺房の中は初乳で満たされ、乳腺は拡大し、出産後の授乳にむけての準備が完了します。
分娩(ぶんべん)を経て産褥期(さんじょくき)になると、乳汁の分泌がさかんになります。乳房はさらに発育し、乳房の内部はほとんど乳腺で占められるようになり、新しい血管が多数発生して、乳腺と乳腺の間をつなぐようになります。
●乳汁(にゅうじゅう)の分泌されるしくみ
妊娠中に乳腺が急速に発育するのは、胎盤(たいばん)から分泌されるエストロゲン、プロゲステロン(黄体ホルモン)、胎盤性ラクトーゲン、下垂体(かすいたい)から分泌されるプロラクチンなどのホルモンのはたらきによります。
エストロゲンは乳管の発育をうながし、プロゲステロンは腺房の発育をうながします。エストロゲン、プロゲステロンの共同作用によって、とくに乳腺の乳管、小葉、腺房が発育すると考えられています。
妊娠末期になると、乳腺は十分な発育をとげ、乳汁分泌の準備が整いますが、本格的な乳汁の分泌は分娩後になります。
乳汁は、下垂体から分泌されるプロラクチンが乳腺細胞に作用してつくられるのですが、妊娠中は胎盤性のホルモンのエストロゲン、プロゲステロンがプロラクチンの機能を抑制し、乳汁分泌を抑えています。
分娩が終了すると、胎盤性のホルモンのエストロゲン、プロゲステロンが急激に血中から消退し、抑えられていたプロラクチンの機能が発揮され、本格的な乳汁の生成と分泌が始まります。
なお、乳汁の分泌には、プロラクチンのほかに甲状腺(こうじょうせん)ホルモン、副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモン、インスリンなどのはたらきも必要で、これらのホルモンの協調的な作用により、順調な乳汁の分泌が行なわれるのです(図「乳汁分泌に関与するホルモン」)。
●産褥期(さんじょくき)の乳汁分泌
分娩後、乳汁分泌は日を経るにつれて増加し、産後5日目には1日300~400mℓになります。
母乳の性状も、分娩後数日間は、初乳(しょにゅう)と呼ばれる淡い黄色みをおびた、ねばりけのあるアルカリ性の乳汁ですが、移行乳(いこうにゅう)を経て、しだいに白色不透明な成熟乳(せいじゅくにゅう)へと変化していきます。
初乳は成熟乳に比較してたんぱく質とミネラルが多めですが、脂肪、糖質が少ないため、総エネルギーはやや低くなります。
成熟乳には芳香や甘味があり、総エネルギーは100mℓあたり約70kcal、たんぱく質は100mℓあたり0.9gあります。また、総エネルギー量の50%を占める脂肪は、必須長鎖不飽和脂肪酸(ひっすちょうさふほうわしぼうさん)に富んでおり、糖質は乳糖のほかにオリゴ糖を含んでいます。
産後7日目ぐらいになると、乳汁分泌はほぼ確立されますが、長期間にわたって順調な乳汁分泌を維持するためには、規則的な乳汁の排出、適切な食事、授乳をしようとする意欲がたいせつです。
とくに、赤ちゃんによる乳頭への吸引刺激が重要で、赤ちゃんに乳頭を吸わせると、その刺激が上行神経路(じょうこうしんけいろ)を経て脳の視床下部(ししょうかぶ)に達します。視床下部に刺激が伝わると、プロラクチンの分泌を抑える物質の放出が減少し、その結果、プロラクチンの分泌と作用が強まり、乳腺細胞で多量の乳汁がつくられるようになるのです。(図「プロラクチンとオキシトシンの分泌機構」)
一方、赤ちゃんによる乳頭の刺激は、脳の下垂体に伝わり、下垂体後葉(こうよう)からオキシトシンというホルモンが分泌されます。オキシトシンは、腺房の周囲をとりかこむ筋上皮細胞(きんじょうひさいぼう)を収縮させ、その中にたまっている乳汁を排出させる作用があります。
したがって、赤ちゃんに乳頭を吸ってもらえばもらうほど、母乳の出はよくなるわけで、最初は母乳の出が悪くても、あきらめずに授乳を続けることがたいせつです。
乳汁分泌は、分娩4~6か月後に終了します。乳腺の退縮はその後3か月にわたっておこりますが、これは個人差があります。
●乳房(にゅうぼう)のおもな病気
乳房の病気は、大きく2つに分けることができます。1つは、なんらかの原因で乳管がつまって乳汁の分泌が障害され、乳房内に乳汁がたまり、そこに細菌感染をおこして発症する炎症性疾患、もう1つは、乳房にしこりができる乳腺腫瘍(にゅうせんしゅよう)疾患です。
乳腺疾患には、良性疾患と、乳がんをはじめとする悪性疾患があります。なお、乳がんについては(「乳がん」)で詳しく説明してあります。
乳房の炎症性疾患には、産褥性乳腺炎(さんじょくせいにゅうせんえん)(授乳期乳腺炎ともいう)があります。この乳腺炎には、非細菌性炎症の急性うっ滞性乳腺炎(「急性うっ滞性乳腺炎」)と、そこに化膿菌(かのうきん)が感染して発症する急性化膿性乳腺炎(「急性化膿性乳腺炎」)の2種類があります。