労働組合法8条は〈同盟罷業その他の争議行為〉という概念を使用しているが,その意味を明示していない。わずかに労働関係調整法7条が〈業務の正常な運営を阻害するもの〉と定義するのみである。学説も従来はこれにならい業務阻害性を本質と理解する傾向にあった。しかし,争議行為と組合活動は,リボン着用闘争あるいはビラはり活動の例に示されるように,必ずしも明快に区分することができない。さらに同8条は,正当な争議行為に限って民事免責を規定しており,組合活動に民事免責が適用されないがゆえに,何が民事免責の効果を伴う争議行為であるか,反対に何が民事免責の効果を伴わない組合活動であるか,その範囲を画するために争議行為の概念を定義することは,実益のある重要な問題となっている。たとえば,リボン着用闘争を争議行為と考えるならば業務阻害性なき争議行為を認めることになり,ビラはりを組合活動と考えるならば業務阻害性ある組合活動を認めることになる。争議行為概念は今日に至るまで激しい議論を呼びつづけているが,これは労働基本権の法構造をいかに理解するかに係る重要な課題である。
正当な争議行為に対しては,憲法28条の争議権の保障を受けて,労働組合法は刑事責任,民事責任を免除する旨の明文規定をおいている(同法1条2項,8条)。正当な争議行為は,刑法上の威力業務妨害罪や脅迫罪に該当するものとして処罰されないし,労働契約違反の債務不履行や不法行為にあたるものとして労働契約の解除(解雇)や損害賠償の請求を受けることがない。また,労働組合の正当な行為を理由とする懲戒処分や不利益な取扱いは不当労働行為にあたるので,正当な争議行為に対する懲戒処分等も不当労働行為として労働委員会や裁判所の救済を受ける(労働組合法7条1号)。
法的保護の対象となる争議行為は〈正当な争議行為〉であるので,正当性の有無を判断しなければならない。まず,法規違反や労働協約違反の争議行為は正当性をもたない。次に法律により国家公務員,地方公務員,国営企業および地方公営企業の職員の争議行為や労働関係調整法に基づく緊急調整中の争議行為は,争議行為そのものが禁止され,さらに労働関係調整法,ストライキ規制法に基づき,安全保持を妨げる等の特別な態様の争議行為が禁止されている。公益事業については争議予告という手続が課せられ争議行為が制限を受ける(国家公務員法98条2項,地方公務員法37条1項,国営企業労働関係法17条,地方公営企業労働関係法11条,労働関係調整法36~38条,ストライキ規制法2,3条)。労働協約には,協約有効期間中は当該協約の所定事項の改廃を目的として争議行為に訴えないという平和義務が認められるとともに,争議行為開始前に斡旋・調停を義務づけるという手続的制約を課する平和条項が設けられていることがある。これらの平和義務違反や平和条項違反の争議行為には民事免責を認められない。
法規や労働協約に違反しない争議行為については,一般的判断基準が必要である。争議行為の目的・手段・手続等の各面の正当性を社会通念に従って具体的に判断する。
争議行為は通常,労働組合員の労働条件や地位・身分その他の待遇の向上や労働組合の組合活動条件や地位の承認・向上などを目的として行われる。しかし,当該労働組合員のみならず全労働者の経済的条件や地位の向上のための政治的目的をもって(政治スト),または他の労働組合の争議行為を支援するための連帯的目的をもって(同情スト),争議行為が行われることがある。これを団体交渉や争議行為の相手方当事者である使用者側からみると,前者の事項については交渉を行い妥結し労働協約を締結することが可能であるが,後者の事項については使用者側で処理することが不可能であり交渉不可能である。これは,憲法28条の争議権を団体交渉権を前提として理解するか否かに係るところであるが,使用者が処理しえない事項について争議行為の正当性を認めることは,争議行為に伴う損失を使用者が回避する手段をまったくもたないことになる。したがって,政府や国会に対して,たとえば経済政策や労働保護立法などを要求する政治ストや,他の労働組合を支援連帯する同情ストは,正当性を有しないと解される。ただし正当性を有するとする見解もある。通常の経済スト,労働条件ストについても,実現を期待できないような過大要求に固執するストや使用者を困らせることを目的(加害目的)とするストは正当性を失う。ユニオン・ショップ協定の締結や同協定の履行として除名された組合員の解雇を求めるスト(組合保障を求めるスト)は有効である。会社の経営方針や生産方法に関する要求のために行うストも,具体的,実質的に組合員の労働条件に関するものであるか否かによって判断すべきである。同様に公害反対ストも,この観点から正当性を判断されうる。
争議行為は通常,労働不提供という態様をとる。消極的な態様であり,ウォーク・アウト・ストと呼ばれる。時間面からみて長期スト,波状スト,時限スト(定時退社,時間外拒否,外勤拒否,出張拒否なども一態様)であろうと,参加態様面からみて全面スト,部分スト,指名ストであろうと,正当な争議行為である。しかし,争議行為は,このような消極的な労働不提供型ストにとどまらない。積極的な態様のストについては,争議行為が究極的には団体交渉を通じて労働協約締結を実現するという手段的地位に立つものとの観点から,その正当性を判断される必要がある。したがって,団体交渉を中心とする労使関係の基盤を破壊するような争議行為は,法的保護を保障されるものではなく,正当性を失う。労使間の信頼関係を著しく破壊するようなアンフェア(不公正)である態様や,会社の財産権を著しく侵害するような態様の争議行為は,信義則に照らして,あるいは争議権と財産権の調和的関係に照らして許されない。また,暴力の行使は刑事責任のみならず民事責任を免除するものでない(労働組合法1条2項)。争議行為の手段態様で具体的に問題とされたものに,生産管理,職場占拠,ピケッティング,サボタージュ(怠業),製品ボイコット,リボン腕章着用闘争,ビラはりなどがある。
第1に生産管理や職場占拠(シット・ダウン・スト)戦術については,会社の所有権を侵害するとして違法説をとるものがあるが,日本の企業別労働組合の特質を考慮して,理想型の生産管理--労働組合が使用者に代わって,従前どおりの通常の方法で会社業務の管理を行い,収入は会社のために保管し,生産・販売等業務に従事する組合員には所定どおりの賃金を生産管理後に支払う形態--や使用者の会社施設の占有を排除せず操業をも妨害しない,単純な滞留型の職場占拠に,正当性を認める学説・判例が多い。なお,ストライキの実効性を確保する観点に立って,これらの争議戦術の正当性の範囲を広く解する見解もある。これらの変形である,納金スト,車両やキーの組合保管等の争議戦術は,〈不法領得の意思〉の成否(刑法253条業務上横領罪参照)や,使用者の占有性の排除の有無や程度が問題になる。
第2に,ピケッティングについては,労働者(他組合員や非組合員を含む)の会社構内への入構や製品原材料の搬出搬入を阻止するために用いられることが通常であるが,大多数の判例は,実力行使を伴うピケの正当性を認めず,言論による説得(平和的説得)と団結の示威を正当性の限度としている。人垣スクラム,デモや妨害物設置などを伴うピケが団結の示威の範囲に含まれるか否かが問題であるが,入構出構の妨害の程度によって実質的に個別事案に従って判断することになる。
第3に,サボタージュ(怠業)も同様に考えられる。怠業は,使用者の労働指揮命令に不完全にしか服従せずに,不完全な労働提供を行う争議戦術をいう。単に能率を低下させる消極的怠業(スロー・ダウン)は使用者の労働指揮権を部分的に排除するにとどまり財産権を侵害することに至らないので,一般的に正当性を認められる。取引先や一般顧客に会社の悪口を言い業務阻害をもたらすことを目的とする開口サボタージュは,虚偽や歪曲した事実を流布する場合は積極的業務妨害行為と評価され,正当性を失う。会社の財産を破毀することを目的とする積極的サボタージュに正当性がないことはもちろんである。
第4に,一般顧客に会社の製品の不買を働きかける戦術として,製品ボイコットがある。虚偽の宣伝や脅迫に及ぶことなく行うボイコットは正当である。
第5に,特殊な形態の争議戦術としてリボン腕章等着用闘争とビラはり闘争が行われることがあるので,これについてふれておきたい。リボン闘争やビラはりは通常組合活動の一態様としてとられることが多いが,争議行為の一環として行われることがある。労働提供時の服装について一定の制限がある場合は,この制限に違反するリボン腕章等着用行為は不完全な労働提供となる。通常の組合活動のリボン着用行為としてでなく,争議行為としてその手続にのっとって行われたリボン着用戦術は怠業(スロー・ダウン)と変わるところがなく,リボン闘争は正当な争議行為と評価される。これに対してビラはり闘争は,建造物や機械設備等会社の財産権を侵害する行為であり,使用者の許諾のない侵害行為は許されない。しかし,ビラ貼付の枚数・場所・内容・方法等を総合的にみて相当性があると認められるならば,労働争議の一環としてなされたビラはり戦術も違法性を失い刑事・民事免責を受けることがある。
争議行為は,団体交渉を前提として,団体交渉の行詰りを打開し究極的には再開された団体交渉を通じて妥結--労働協約の締結に至ることを目的として行われる。したがって,団体交渉を前提としない,あるいは団体交渉を無意味にする争議行為は,手続違反として正当性を失う。これらには,団体交渉を経ない争議行為と予告を経ない争議行為があり,これを抜打ちストと呼ぶ。法規による予告義務が課せられている場合(労働関係調整法37条)および労働協約に平和条項を設けて争議開始手続に制限が課せられている場合は,予告義務または争議開始手続を遵守しないと争議行為は正当性を失う。次に,組合規約に違反して争議行為がなされた場合については,組合規約違反の争議行為の責任は対組合員との関係すなわち内部問題として生じるだけであり,対使用者との関係としての争議行為の責任問題には影響がない。したがって,使用者との関係上,組合規約違反の争議行為も正当性を失うことがない。
山猫スト,順法闘争,一斉休暇闘争などの特殊な類型の争議行為があるので,この争議行為の正当性についてふれておく。
山猫ストは,組合の正規の手続を踏まないで一部組合員集団または労働組合の下部組織が行う争議行為である。山猫ストは組合手続を踏まない点からみると組合規約違反の争議行為と同様であり,使用者との関係では正当性を有する。しかし,争議行為は団体交渉を前提とするので,団体交渉の主体となりえない任意の組合員集団は争議行為の主体となりえないことはもちろんであり,正当性を保有することにならない。労働組合の下部組織等(支部,分会)も独自の労働組合の実質を保有し団体交渉の主体となりうるならば,正当な争議行為と評価されうる。
順法闘争は安全衛生,機械車両の運行操作等の法規や規則の厳格な遵守行為である。純粋に法規や規則の遵守を目的とするのであれば格別,業務妨害を目的とするものであれば争議行為にあたり,怠業と同様に正当性が認められる(公務員等の場合は争議行為禁止規定に抵触し正当性が認められない)。
一斉休暇闘争は,業務阻害を目的として組合員が集団的に一斉に年次有給休暇権を行使する行為をいう。これも順法闘争と同様に,業務阻害を目的として組合活動のために集団的に年休権を行使するのであれば,争議行為にあたり,私企業では正当性が認められる。
ストライキが正当であると否とにかかわらず,ストライキにより労働不提供の組合員は,ノーワーク・ノーペイnowork no payの原則により,当該ストライキ時間について賃金請求権を生じない。また,怠業等不完全な労働提供型の争議行為の場合は不完全の割合に応じて賃金請求権を生じない。なおストライキ時の賃金額を支給しないことを賃金カットという。争議参加者の賃金請求権は発生しないが,部分ストや一部ストの場合,争議不参加者の賃金請求権の有無が問題になる。部分スト(A組合の50人が参加)により操業不能に陥り就労組合員(残りの50人)が仕事に従事することができなかった場合とか,複数組合が併存するとき一部スト(A組合のスト)により操業不能に陥り他組合員(B組合員)が仕事に従事できなかった場合である。論争を呼んでいる難問であるが,労働者の出勤(就労の準備)により使用者は労働給付を受けており,たとえ現実に仕事に従事させるという結果を伴わないとしても直ちに賃金請求権の発生を否定することはできない。部分ストまたは一部ストによる操業不能を理由として就労(労働受領)を拒否するとしても,ストライキの処理(団体交渉再開や事前のスト予見に基づく操業対策)は経営領域内にある事項として使用者が処理しうる事項であり,使用者の責任(賃金支払義務)を認めてもよいと考えられる(民法536条2項)。しかし判例は危険負担法理を適用し,労働者に危険を負担させ賃金請求権を発生しないとしている(民法536条1項)。
正当でない争議行為は刑事・民事責任免除を受けることなく,刑事責任,民事責任を発生する。また不当労働行為制度の恩恵に浴さない。刑事責任は組合員個人が負担する。民事責任は帰属主体をめぐり議論がある。民事責任には債務不履行(労働契約違反や労働協約違反)および不法行為に基づく損害賠償責任と企業秩序侵害に対する懲戒責任がある。損害賠償責任については団体責任説と個人責任説が対立する。争議行為は組合の集団的意思に基づくものであり,単なる構成部分である個別組合員の責任を問うことは妥当でないとの団体責任説が学説の多数であるが,最近は組合員個人の債務不履行責任,違法争議行為組織者の不法行為責任を問う個人責任説が有力に唱えられている。懲戒責任についても,団体責任のみを認める立場からは否定説が唱えられるが,正当な争議行為であれば格別,違法な争議行為の一環として行われる個別組合員の行為が具体的に就業規則の懲戒条項に抵触し企業秩序を侵害するものであるならば,原則として懲戒責任の発生を否定することはできない。幹部責任という概念が用いられることがあるが,組合幹部として具体的に行った違法争議行為の企画指導実行に関する懲戒責任は個別組合員の一員としての行為の態様に対する責任であり,平組合員に比較して重い責任を問われることがあることは当然である。
争議対等の原則に基づき使用者の争議戦術としてロックアウト(労働受領拒否や作業場閉鎖)の正当性が認められる。
→ストライキ
執筆者:渡辺 裕
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
労働争議が発生した場合に労働者の集団が、その主張・要求を貫徹するために集団の意思決定に基づいて労働力の提供を拒否し業務の正常な運営を阻害する行為。労働関係調整法(昭和21年法律第25号)第7条は「争議行為とは、同盟罷業、怠業、作業所閉鎖その他労働関係の当事者が、その主張を貫徹することを目的として行ふ行為及びこれに対抗する行為であつて、業務の正常な運営を阻害するもの」と定めている。同条は、使用者が労働者の争議行為に対抗して労働者集団を事業所から締め出すために行う作業所閉鎖(ロックアウト)も争議行為としてとらえている。
争議行為は次のように分類できる。まず争議行為の目的から分類すると、労働・生活条件の改善を要求する経済スト、悪法反対や安保条約廃棄などの政治要求を掲げる政治スト(労働・生活条件に関係する政治課題を対象とする経済的政治ストと、高度な政治課題に関する純粋政治ストに分かれる)、他の労働組合の闘争を支援するために行われる同情ストなどがある。争議行為に参加する労働者の範囲から分類すると、経営スト(全面ストと部分ストに分かれる)、全国スト、国際ストなどがある。さらに正規の組合内手続に従った組合ストと、それを欠く組合統制違反のスト(山猫スト)がある。そのほかにもストライキの形態として、出荷スト、抜き打ちスト、波状ストなどがある。さらに、ストに付随して行う行為としてのピケッティング、ストライキと類似する行為としてサボタージュ(怠業)、ボイコット、生産管理、職場占拠などがある。
日本国憲法第28条は、団体行動権としての争議権を保障しており、労働者は争議行為を行っても、それが正当である限りその責任を追及されることはない。具体的には、労働組合法(昭和24年法律第174号)第1条2項が刑事免責を定めており、第8条が民事免責を定めている。ただし労働組合法は、「正当な争議行為」および「正当な組合活動」についての免責を定めているのであり、ここで正当性とは何かが問題となる。争議行為の場合、その正当性は、目的および手段の両面から判断される。目的の正当性については、とくに政治ストが問題となり、否定・肯定の両説があるが、判例は否定説である。手段の正当性については、労働組合法第1条2項が定めているように、暴力の行使はいかなる理由があろうとも許されない。ただし争議行為の目的は、相手方にできる限り大きい損害と圧力を加えることであるから、同条の規定が相手方の出方と無関係に一定の物理的圧力を加えることまで禁止していると解釈することはできない。
[村下 博・吉田美喜夫]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…憲法28条は,〈勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は,これを保障する〉とし,労働基本権(労働三権ともいい,団結権,団体交渉権,争議権をさす)を保障している。このうち〈その他の団体行動をする権利〉が争議行為をする権利,すなわち争議権をさすと解されている。
[争議権の意義]
労働者は,賃金労働時間その他の労働条件を維持・改善し,その経済的地位の向上を図るために労働組合を結成またはこれに加入する権利(団結権)を保障され,使用者またはその団体と対等な立場で交渉しその結果を労働協約として締結する権利(団体交渉権)をもつ。…
※「争議行為」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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