二階堂行藤(読み)にかいどうゆきふじ

改訂新版 世界大百科事典 「二階堂行藤」の意味・わかりやすい解説

二階堂行藤 (にかいどうゆきふじ)
生没年:1246-1302(寛元4-乾元1)

鎌倉後期の文官幕府評定衆行有の子。1293年(永仁1)政所執事となり,98年に越訴奉行,99年(正安1)には五番引付頭を兼ねた。90年(正応3)の浅原為頼による伏見天皇殺害未遂事件や1301年の後伏見天皇譲位問題に代表される皇位継承をめぐる2皇統の抗争に対して,幕府の使者として交渉にあたった。01年8月出家。法名道暁,のち道我
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「二階堂行藤」の意味・わかりやすい解説

二階堂行藤
にかいどうゆきふじ

[生]寛元4(1246)
[没]乾元1(1302)
鎌倉時代末期の武将。行有の子。法名,道我。永仁1 (1293) 年幕府政所執事に就任。正安3 (1301) 年出家し,同年東宮儲嗣問題解決のため,幕使として上洛した。

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