井上禧之助(読み)いのうえきのすけ

最新 地学事典 「井上禧之助」の解説

いのうえきのすけ
井上禧之助

1873.12~1947. 2 山口県に生まれる。1896年東京大学理学部地質学科卒業,直ちに農商務省地質調査所入所,1907~24年第4代地質調査所長。この間に地質図幅の調査,鉱物調査,工業原料鉱物調査,また1923年の関東大地震の調査を率先して指導。1910年以降,中国の地質調査事業を数次にわたり主宰,地学協会から膨大な報告書および地質図刊行遂行。鉄・石炭資源研究をライフワークとし,東アジアのみならず世界のそれら資源に関する論文を数多く発表。地質調査所を退官後は旅順工大初代学長に就任

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関連語 学歴 鈴木

20世紀日本人名事典 「井上禧之助」の解説

井上 禧之助
イノウエ キノスケ

明治〜昭和期の地質学者 旅順工科大学総長。



生年
明治6年12月4日(1873年)

没年
昭和22(1947)年2月19日

出身地
山口県

学歴〔年〕
帝国大学卒

経歴
台湾総督府技師などを経て、明治40年農商務省地質調査課長となり、東部シベリアの地質調査、地質図の刊行などを進める。大正14年旅順工科大学総長に就任。また日本地質学会会長を務めた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「井上禧之助」の解説

井上禧之助 いのうえ-きのすけ

1873-1947 明治-昭和時代前期の地質学者。
明治6年12月4日生まれ。台湾総督府技師などをへて明治40年農商務省地質調査課長となり,東部シベリアの地質調査,地質図の刊行などをすすめる。大正14年旅順工科大学長。日本地質学会会長をつとめた。昭和22年2月19日死去。75歳。山口県出身。帝国大学卒。

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