人体のどの組織にもなる能力をもった万能細胞の一種。略称iPS細胞。誘導多能性幹細胞ともいう。2007年(平成19)11月、京都大学再生医科学研究所の山中伸弥(しんや)(1962― )のチームが、人の皮膚や関節内の細胞に複数の遺伝子を組み込んだiPS細胞を作製することに成功したと国際誌『セル』Cellに発表し、世界的な話題になった。万能細胞は受精卵が分割してできた胚(はい)のように、あらゆる組織や臓器になる能力のある未分化な細胞。1998年、アメリカ・ウィスコンシン大学グループが受精卵の途中段階を操作した胚性幹細胞(ES細胞)を作成して初名乗りをあげた。ES細胞からは神経、血液、心臓、肝臓、皮膚などさまざまな細胞ができることは確認ずみだが、受精卵を使うため、宗教界などからの強い批判が出た。そのため、受精卵を使わず、ふつうの細胞からの万能細胞の開発競争が展開されていた。山中らはES細胞で働く中心の4個の遺伝子を組み込んでiPS細胞をつくる先陣をきり、再生医療がにわかに現実味を帯びてきた。
ウィスコンシン大学チームも2007年11月、新生児細胞で人のiPS細胞をつくったと国際誌『サイエンス』Scienceに発表、製薬企業も含めた研究競争も熾烈(しれつ)になっている。4遺伝子のうち1個は癌(がん)遺伝子のため、実際に使用したときの発癌性が心配されているが、2007年12月、山中らはそれを除いた3遺伝子でもiPS細胞作成に成功した。
一方、アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)などのチームはその直後、山中式のマウス万能細胞を利用してマウスの貧血治療に成功したと発表した。異常遺伝子をもつ遺伝性貧血のマウスの細胞に4種類の遺伝子を入れてiPS細胞に変えてから、異常遺伝子を正常遺伝子と交換、これを血液をつくる造血幹細胞に分化させてマウスの体内に戻すという手法である。比較的簡単な病気とはいえ、iPS細胞での初めての治療なので意義深い。
現在の臓器移植は、移植用の臓器不足と、他人の組織を拒否する反応を抑える免疫抑制剤を常用しなければならないのが難点である。本人の細胞からiPS細胞ができれば、これらは根本的に解決できる。再生医療には目的の細胞に効率よく分化させる技術、細胞を機能しやすい形や組織にする技術なども必要で、まだ課題は多いが、さまざまな病気の人間の細胞を自由につくれることで、病気の研究や薬の開発が飛躍的に進む可能性がある。
[田辺 功]
『山中伸弥・畑中正一著『iPS細胞ができた!――ひろがる人類の夢』(2008・集英社)』▽『田中幹人編著『iPS細胞――ヒトはどこまで再生できるか?』(2008・日本実業出版社)』▽『『iPS細胞――再生医療への道を切り開く』(2008・ニュートンプレス)』▽『八代嘉美著『iPS細胞――世紀の発見が医療を変える』(平凡社新書)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(石川れい子 ライター / 2012年)
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