腎臓の機能が不全になると排尿が行われなくなり、尿毒症となる。このため、血液中にたまる水分などを体外に排出させる必要が生じるが、これを人工的に行うのが人工腎臓である。初期の人工腎臓(1960年代)は急性の腎不全にのみ使用されたが、その後、血液アクセス(ブラッドアクセス、バスキュラーアクセス。後述)が開発され、現在は主として慢性の腎不全に対して長期にわたり利用されている。2007年(平成19)の日本における人工透析患者数は約27万5000人で、毎年、約1万人の増加がある。そのうち、血液透析が96.6%、腹膜透析が3.4%である。従来は、慢性系球体患者が多かったが、最近は、糖尿病性腎炎が多くなっている。血液アクセスに関する技術の向上、周辺機器、各種薬剤の開発により、成績は向上している。1983年(昭和58)以降導入患者の生存率は、1年が87.4%、5年が59.7%、10年が36.3%、20年が18.3%と向上している。
[渥美和彦]
現在、人工腎臓に利用されている原理には、透析、濾過(ろか)、吸着の三つがある。
(1)透析 半透膜を介して、濃度あるいは浸透圧の異なる2液を接触させると、溶質の拡散および浸透が行われる。人工透析はこの原理を応用したもので、セロファン膜を介して血液と透析液との間で透析を行い、血液中の尿素、クレアチニンなどの老廃物、あるいは各種の毒素や水などを除去するとともに、透析液のほうから必要な電解質やブドウ糖などを血液のほうへ補給するものである。この際、分子量の小さいものが除去されやすく、分子量が大きくなると除去されにくくなる。透析膜としては、クプロファンなどのセロファン系のほかに、エチレンビニルアルコール、ポリメチルメタクリレート、ポリアクリルニトリルなどの高分子膜が利用されている。
(2)濾過 膜の内部にある溶液に圧力を加えると、膜の内外の圧力差により、溶液の中の溶質は水にのって流れ、膜のフィルターにより濾過される。その際に溶質が膜の孔(あな)を通過できれば、分子量の大小にかかわらずほぼ同等に除去されることになる。この原理を用いたのが血液濾過法で、透析液は不要となり、小型化されるが、濾過した体液を補うために大量の輸液が必要となる。濾過膜としては、透析膜と同じような材料のほかに、ポリアシド、ポリスルホンなどの膜が利用される。最近は、高分子材料のファイバーを介して濾過(ろか)するファイバー型が主流となっている。
(3)吸着 尿毒症の原因物質を、活性炭、イオン交換樹脂、ゼオライト、アルミナなどの各種の吸着剤を使用して吸着除去する方法である。これには、血液と吸着剤とが直接に接触する直接血液灌流(かんりゅう)法が用いられるが、この際には、吸着剤の粉塵(ふんじん)が血液内へ流入するのを防ぐために、吸着剤の表面をコロジオン、アルブミン、あるいは人工高分子材料などの膜で被覆する必要がある。この吸着方式は特別な装置を要しないので便利であるが、反面、尿素や水分の除去ができない、あるいは水素イオン濃度(pH)や電解質などの調節ができないなどの難点があり、透析と併用して使用する必要がある。
[渥美和彦]
慢性透析患者に人工透析装置を結合するためには繰り返し血管を利用する必要がある。この際にプラスチック管を前腕の血管に結合させて反復利用を可能にしたのが、血液アクセスとよばれる方法である。現在では、前腕の動脈と静脈とを吻合(ふんごう)してバイパス(分路)し、血液アクセスとして利用する方法も開発されている。
[渥美和彦]
腹膜灌流(腹膜透析)は、腹壁にコネクター(連結装置)を装着し、細管を介して透析液を大量に腹腔(ふくくう)内に入れ、腹膜による透析を行い、血液内および体内の毒物の減少を図るものである。血液を利用する方法に比して透析効果が緩やかであるが、かえって透析の際の不均衡症候群(血液中の成分であるイオンやタンパク質などのバランスがこわれて異常な症状を引き起こすこと)などが生じにくいという利点があり、かつ簡便な方法である。1980年ごろからは、透析液バック(透析液嚢(のう))を利用し、日に数回の腹膜透析を行う外来腹膜透析法(CAPD)が試みられるようになった。これには感染による副作用を防止するくふうがなされており、患者自身が容易に行える方法である。
[渥美和彦]
血液濾過の膜の孔径を大きくすると、血液中の血漿(けっしょう)まで濾過することができる。こうして濾過した血漿の中の有害成分を除去したあとに、ふたたび体内に戻す方法が血漿交換法である。この方法は、腎疾患のほかに、各種の免疫疾患、代謝異常、肝不全などの治療に広く応用されつつある。1998年ごろから中空糸内の表面にブタやイヌの尿細管上皮細胞を単層に生着させ、生体に近い機能をもたせる研究が進められているが、最近の再生医学の進歩とともに、将来の装着型あるいは植え込み型の人工腎臓の開発につながるものである。
[渥美和彦]
『太田和夫・秋澤忠男著『人工腎臓の実際』改訂第5版(2005・南江堂)』▽『秋澤忠男著『腎臓病と最新透析療法――より快適な透析ライフを送るために』(2008・ゆまに書房)』▽『日本人工臓器学会編『人工臓器イラストレイティッド』(2008・はる書房)』
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… 心臓を例にとって,臓器移植と人工臓器について,提供者と被移植者の立場から利点,欠点を比較したのが表1である。 さて,腎臓移植の場合を考えると,人工腎臓の利用によって,術前の患者の状態を改善することができる。さらに術後に免疫的拒絶反応が起こっても,次の提供者の腎臓を待つ間,人工腎臓の利用によって,患者の生命を維持することができる。…
…透析療法dialysisの一つ。腎不全のために,腎臓のもつ老廃物排出機能が著しく障害されたときに,透析器dialyzer(一般には人工腎臓という)を用いて,血液を透析,ろ(濾)過する方法をいう。血液透析hemodialysisともいう。…
※「人工腎臓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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