仏教徒の用いる聖典。国により宗派により多種多様であるが,基本的には経,律,論の〈三蔵〉にまとめられる。〈経蔵〉は釈迦の教説の集成で,〈法〉とも〈阿含(あごん)〉(聖なる伝承)ともいわれる。〈律蔵〉は釈迦によって制定された教団の規則類の集成である。伝承によれば,釈迦入滅の後,仏弟子たちが集まって,生前聴聞した〈法〉と〈律〉を誦出し,確定した(これを結集(けつじゆう)という)。〈論蔵〉はアビダルマと呼ばれ対法と訳されるが,法(教説)の研究で,対機説法(相手の素質に適した教えを説くこと)を旨とした仏説を解釈し,統一見解を示すのが目的とされる。これは弟子たちの著作で,注釈,綱要書などのたぐいの集成である。
三蔵はもとは暗記によって伝えられたので,その伝承は部派教団ごとに異なったものとなった。今日スリランカなどの南方上座部に伝わる三蔵は,1世紀ころ初めて書写されたといわれ,以後はほぼ固定した。これは一部派の伝える三蔵として典型的な形を示している。論蔵は当時存在したものに限られ,その後にスリランカで作られた注釈や論典は蔵外の扱いをうけている。
これに対し,漢訳やチベット語訳仏典の場合は,インドから伝えられた聖典が長い年月にわたって翻訳,集成されたもので,内容的には種々の部派のもの,大乗・小乗がとりまぜて入っている。論蔵も当然ながら後代インド人の著作類を含んで膨大な量となっている。中国では歴代の王朝が訳経を管理し,入蔵を記録したりしたが,その全体を,隋代以来〈大蔵経〉と称している。この場合,三蔵はさらに大乗・小乗に分類されている。チベットの場合は全体を〈仏説部(カンギュル)〉と〈論疏部(テンギュル)〉に分け,律は基本となるものは前者,注釈類は後者に入れられる(カンギュル・テンギュル)。その内容は大乗仏典がほとんどである。中国でもチベットでも,その国で作られた著作は蔵外の扱いをうけている。
日本では古来,漢訳の大蔵経が伝来されそのまま用いられたが,ほかに中国人の著作も尊重されて聖典の扱いをうけ,さらに諸宗派の成立以後は,各宗ごとに,宗祖をはじめ重要な人々の著作や伝記などが聖典とされている。人々が日常接するのはむしろこちらの方で,特定の大乗経典以外はほとんど読まれていない。《大正新脩大蔵経》は思い切ってその収集範囲を広げ,これら諸宗の聖典までを含めたものとなっている(印度撰述部32巻,中国撰述部23巻,日本撰述部29巻,古逸部1巻。ほかに図像部12巻,目録部3巻,計100巻)。
仏典がこのように膨大な量であることは,キリスト教の聖書やイスラムのコーランと際だった対比をみせるが,その由来するところは,仏教の考え方--(1)真理そのものは言語表現を超えている,(2)何であれ真理を説いているものは仏説である--にある(これを認めなければ,大乗経典は仏説ではなくなる)。
釈迦は弟子たちに俗語での説法を勧めたといわれ,したがって仏典を記すべき固有の言語が決まっていたわけではない。各地で発見される写本はそれぞれの地方語を反映していて,この伝承を裏づけている。スリランカに伝わったのは西部インド方言にマガダ語の要素が加わったものとされるが,書写されてからはこれが〈聖典語〉(パーリ)として固定した。グプタ時代になりサンスクリット(梵語)が国家的に奨励されてから,仏典もサンスクリットを用いるようになり,ときに地方語から還元されたが,俗語的要素は残っており,近代の学者はこれを混交梵語,仏教梵語(Buddhist Hybrid Sanskrit)と称している。
執筆者:高崎 直道
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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