天気図上で閉じた等圧線(等高線)で囲まれた、周囲よりも気圧(高度)が相対的に低い領域。学術用語としてはcyclone, depression, lowがあてられるが、サイクロンはインド洋に発生する、発達した熱帯低気圧をさすことばでもある。一定の気圧(高度)より低いものを低気圧とよぶわけではない。前線を伴うものと伴わないものがあり、伴うものには、温帯および寒帯で発生する温帯低気圧がある。また、伴わないものには、熱帯で発生する熱帯低気圧、局所的に熱せられてできる熱的低気圧、山脈などの風下にできる地形性低気圧、竜巻(たつまき)などがある。このほか、切離低気圧とよばれる、上層の偏西風帯の中でブロッキング現象によってできる寒冷な低気圧もある。しかし、普通、低気圧というと温帯低気圧をさすことが多い。
低気圧の強さは、中心の気圧(または中心の高度)で表す。地上天気図での中心気圧は、季節によって変わるが、中緯度の場合は、960から1020ヘクトパスカルぐらいの値をとる。
低気圧内は、周囲より気圧が低いため、四方から空気が吹き込む。このときに空気は、地球の自転の影響でまっすぐに低気圧の中心に向かうことができずに、渦を巻いて中心に向かう。したがって、低気圧の風は、北半球では反時計回り、南半球では時計回りの循環となる。四方から吹き込んだ空気は、中心付近で上昇して対流圏上部に運ばれ、そこから外へ吹き出す。低気圧を包む空気の総重量が、周囲より相対的に少ないということは、下層で流入する空気量より多くの空気が上層で流出していることを示している。
低気圧を気温の垂直構造から分けると、低気圧は、下層が周囲より冷たい空気からなり、上層ではますます顕著な低気圧となる寒冷低気圧と、下層が周囲より暖かい空気からなり、上層になるほど弱くなって十分な高さでは低気圧は認められなくなる温暖低気圧の二つになる。
温帯低気圧は、偏西風帯にあって西へ進むときは、地上低気圧は上層に向かって西方へ傾いて上層の気圧の谷や低気圧と重なっている。これに対し熱帯低気圧は、通常、垂直方向にまっすぐ上層の低気圧と重なっている。また、熱的低気圧や地形性低気圧は、地上付近の現象で、上層の気圧の谷とも重なっていない。
[饒村 曜]
低気圧の中心付近の上昇気流は、雲をつくり、雨を降らせるので、低気圧内では一般に天気が悪く、風雨が強い。また一般に、低気圧を取り巻く等圧線(等高線)の間隔が小さいときほど、すなわち気圧の傾きが急なときほど、吹き込む風は強いということができる。
温帯低気圧は、一般に、進行する前方に温暖前線、後方に寒冷前線をもっているので、低気圧の接近に伴って温暖前線による上層の薄い雲が出て、しだいに近づくにつれ中層雲、さらに下層雲と雲量を増し、一様な降り方の雨が降りだす。中心付近を通過するときは、風雨がもっとも強くなる。低気圧の中心が東に去るにつれて寒冷前線の影響を受け、積雲系の雲によるにわか雨や雷雨がおこるが、寒冷前線の通過後は天気は急速に回復し、気温が下がる。
東シナ海方面から西日本や東日本の太平洋側を北東に進む低気圧のコースは、日本付近でもっとも頻度の高いコースで、日本の比較的広い範囲で雨が降る。1、2月にこのコースをとる低気圧は、しばしば太平洋沿岸部で雪を降らせて交通障害をもたらす。また、春一番を吹かせる低気圧のように、日本海を発達した低気圧が北東へ進むときには、日本付近は南風が強くなり、日本海側の地方ではフェーン現象がおこり、大火災が発生しやすくなる。
低気圧の速度は季節によって異なるが、日本付近では冬と春、秋は時速40キロメートル、夏は30キロメートルくらいが普通であるが、なかには100キロメートルくらいのものもある。
温帯低気圧の雨は主として前線面に沿って空気が上昇するためにおこるので、暖気のはい上がる速度が大きいほど、暖気に含まれる水蒸気量が多いほど雨量が多くなる。したがって、低気圧に伴う大雨は暖候期に多い。
[饒村 曜]
1922年にノルウェーの気象学者J・A・B・ビャークネスらのノルウェー学派は、典型的な温帯低気圧は、寒暖両気団の境である前線上に発生し、重い寒気が下方に、軽い暖気が上方に移動する際に開放される位置エネルギーを運動エネルギーに変えながら発達して、最後には寒気の渦巻になるということをモデル化した。このモデルは後年、高層観測ができるようになって若干の修正がなされたが、現在でも天気図解析の基本となっている。
[饒村 曜]
前線上に発生した温帯低気圧は、条件がそろえば、発達して最盛期に達し、ついで衰弱・消滅する。その流れは、次の(1)~(4)のとおりである。
(1)温帯低気圧は、寒気と暖気の境目である前線上の小さな擾乱(じょうらん)として現れる。このような低気圧はしだいに振幅が増大する。
(2)低気圧が発達しながら東進するにつれ、寒冷前線は温暖前線より速く進むため、暖域がしだいに扇形状に変わってゆく。温帯低気圧は、寒気が暖気の下に潜り込もうとする位置エネルギーが運動エネルギーに変わることによって発達するため、前線面における寒気と暖気の温度差が大きいほど発達する。
(3)寒冷前線が温暖前線に追い付くと、寒冷前線と温暖前線の交点は低気圧の中心と分離する。この状態の低気圧を閉塞(へいそく)した低気圧といい、閉塞の結果、寒冷前線と温暖前線が一つになった前線を閉塞前線という。また、寒冷、温暖、閉塞の三つの前線が交わる点を閉塞点という。
(4)低気圧は衰弱期に向かうが、閉塞点に新しい低気圧が発生し、また閉塞するという経過をたどることがある。閉塞した低気圧はしだいに強さを減じ、それに伴って風雨も弱まり、ついには弱い渦となって消滅する。
[饒村 曜]
低気圧の単純な定義は気圧分布にもとづくもので,周囲に比べて最も気圧の低いところを中心にして,ほぼ楕円形の等圧線でかこまれた領域をさしている。発達した低気圧ほど,この楕円形の等圧線の数が多い。低気圧は一般的にはあらしの現象をさすもので,人々はあらしの際の風向きの変化,雲や雨の現れ方,気温の変化,気圧の大きな低下などを知った。こうした要素的な事柄は天気図によって総合され,特徴的な三次元構造をもつ数千kmにおよぶ一つの組織として低気圧の概念ができている。今日では気象衛星を使って大気圏の外から,低気圧に伴う雲,つまり低気圧の外観をとらえることができる。
低気圧は温帯から極の間にできる温帯低気圧と熱帯地方にできる熱帯低気圧に分類されている。これは単に発生域の地理的な違いだけでなく,その構造,成因も異なるからである。温帯低気圧は上空に西風の卓越する地方にできる。天気図でとらえたその姿は次のようである。図1で,発生期の低気圧が上海の西にある。低気圧を等圧線の形だけで決める傾向があるが,特に発生期はそれでは不完全である。この図の低気圧は初期段階で形が小さく,図のAB間の大きさとみるのは正しくない。温帯低気圧はもっと規模が大きい。雲の範囲,気圧の下がり方,風の分布が示す循環のようすを考えると,図のCDの範囲がおおよそ低気圧の組織といえる。低気圧は水平規模が大きいとともに鉛直にも深い。大気の中層を代表する500hPa面の流れの模様を図2に示す。上海付近の低気圧と日本列島の東岸にある高気圧に対応して,上空の西風の流れは南北に波打っている。気圧でみると,地表の低気圧の西に谷線と呼ばれる気圧の低い部分が南北にのびている。ここで流れは反時計回りに向きを変え,南西流になる。そして朝鮮半島上空で北方に昇りつめ,ここで流れは時計回りに向きを変えて南東へ流れ去る。ここは気圧の尾根線と呼ばれ,周囲にくらべて気圧が高い。温帯低気圧は上空の流れでみれば波動の谷線とその近傍の部分に当たる。地表から500hPa面(高さ約5km)の間の平均気温は図の破線で示されている。この分布も南北に波打ち,谷線の前方で暖かく,風上側で冷たい。等温線は等圧線と交叉している。これは偏西風帯の特色で,とくに低気圧の領域で著しく,温度場が風で流されている。北上する暖気と南下する寒気から構成されているのが温帯低気圧の特色である。
大気内の鉛直運動は直接測定がむつかしい。しかし,図2のように流れの場と温度場を知ると,気象力学の理論を使って鉛直流が計算できる。それによると大気の中層では,気圧の谷線とその風下の尾根線の間,つまり暖気の流入するところに上昇運動がある。したがって下層で周囲から空気が集まり,上層で周囲へ流れ出す。もし上空で流れ出す量のほうが多ければその領域で質量の欠損が生まれて地表の気圧が下がる。気圧の谷線からその上流の尾根線の間,寒気が流入するところでは下降流ができる。そこでは下層で空気の発散,上層でこれを補償する流入があり,質量の集積があれば地表の気圧が昇る。かくて地表の低気圧の前半部で気圧が下がり,後半部で増加し,低気圧は東へ進む結果になる。理論によると,ある領域で暖気が上昇し寒気が下降するとともに位置のエネルギーは運動のエネルギーに変わり,領域内の風速が増す。このことが低気圧内で演じられ,低気圧性循環が増して中心の気圧が下がる。これが低気圧の形成や発達に当たる。図1,2の気圧や気温や流れの分布形態は理論のいう過程の存在を裏付けている。低気圧は発達とともに北東に進み,4~5日で最盛期に達し,極東ではアレウト列島に入ってその生涯を終える。
低気圧はどこでも勝手な大きさで現れて成長してゆくのだろうか。実際はそうではない。西風が高さとともに増大する大気(通常は中・高緯度に限られ,ある程度の南北の温度差のある大気)では,波長4000~6000kmの波が最も早く発達して低気圧になることを理論は示している。図2のパターンに波長の概念を適用すれば4000kmの波に相当する。かくして低気圧の大きさは一定の範囲にあって,地球を一周して9~6個の移動する低気圧が存在できる。あらしが過ぎてから次のあらしまでに4~6日の準周期的な間隔があることになり,われわれの経験とも一致する。
温帯低気圧の原動力はかつては前線にあると考えられていた。しかし,今日では先にのべた偏西風の不安定現象と解釈されている。前線は低気圧内で作られるか,あるいは強化され,低気圧とともに移動する。ここで説明したものよりも小さい,波長にして1000~2000kmの低気圧もある。それは一般に浅く,地上から3kmまでの層内にみられ,上空は安定な温度成層のことが多い。こうした低気圧は小型ではあるが,それに伴って天気変化は著しいので無視できない。現実にはこの小さいものと先にのべた通常の温帯低気圧が混在することがあって画然たる区別がつきがたい。
最後に,熱帯低気圧はその中で寒気と暖気の拮抗がなく,均一な湿潤空気からなること,そしてエネルギー源は水蒸気の凝結の潜熱にあることで温帯低気圧と本質的に異なる。詳しくは〈台風〉の項目を参照されたい。
執筆者:斎藤 直輔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(饒村曜 和歌山気象台長 / 宮澤清治 NHK放送用語委員会専門委員 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 パラグライダー用語辞典について 情報
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