胎外の自然環境では生存の難しい未熟新生児や幼弱病児,外科手術後の新生児に,乳児期のある期間,生存可能な環境を与えるために,保温,隔離,監視することを目的として考案された装置。
早産児は体温調節機能が未成熟で,保温に気をつけないと生存が難しいことは古くから気づかれていた。そこで,二重の壁の間に温湯を通じて保温する装置などが作られたが,現在の保育器の原型となったのは,1880年にフランスの産科医タルニエEtienne S.Tarnier(1828-97)が考案したものであった。日本でも大正期には保育器が用いられている。当時の保育器は木炭,ガス,電気ヒーター,電灯などを熱源とする,主として保温を目的とした簡単な装置であった。現在のような精巧な保育器が使われるようになったのは,日本では,1948年にアメリカ,エアシールズ社製アイソレット型保育器が東京愛育病院に輸入されたのが最初であった。その後,オハイオ・メディカル社製アームストロング型保育器や,それらをモデルにした国産の保育器が輸入,生産されるようになり,細部の改良が重ねられながら,現在に至っている。
新生児とくに未熟児は,体温調節中枢の未成熟,皮下脂肪の未発達に加えて,容積に比して体表面積が相対的に大きいため,自力での体温調節が十分にできないので,環境温度の影響を受けやすい。そして体温の低下,上昇はともに体力の消耗や疾病の誘発につながる。酸素消費,エネルギー消費の最も少ない環境温度を不感環境温度というが,未熟児や新生児ではこの不感環境温度の維持が必要で,皮膚温が36~37℃に保たれなければならない。このために環境温度や湿度の調節が不可欠となる。さらに呼吸器の発達が未熟な児では酸素の供給も必要となり,過剰酸素による後水晶体繊維形成や未熟児網膜症を防ぐために,たえず動脈血酸素分圧を測定しながら調節しなければならない。感染を防止するためには無菌的看護が必要で,外界と隔離して,清浄化された空気の供給が必要である。また,監視がいきとどき,急激な状態変化も直ちに把握できなければならない。栄養補給,皮膚の清拭(せいしき),おむつ交換などは,児の安静を妨げないよう最少の操作で行わなければならない。保育器は以上のような新生児看護の条件を満たせるように製作される。
保育器は,保温のための熱源の種類によって対流式と放射式に,換気の方法によって閉鎖式(強制換気式)と開放式(自然換気式),温度調節の方式によって気温制御式と皮膚温制御式に分類される。また,未熟児の搬送用に用いられる小型の搬送用保育器もある。
開放式放射式保育器は,分娩室や新生児ICU(NICU)で一時的に用いられるが,長期使用には適さない。長期保育には主として閉鎖式対流式保育器が用いられる。
閉鎖式対流式保育器は,監視と隔離に都合がよいように,透明なプラスチックボックスからなる。ボックス内に熱源があり,ろ(濾)過器を経て器内に導入された空気を電気ヒーターで加温,さらに加湿して,電動ファンで器内を循環させる。器内の気圧は外気よりやや高めに設定され,器外の空気が侵入しないようになっている。温度調節には,ボックス内の気温をめやすに手動ダイヤルで調節する気温制御式のものと,腹壁皮膚にサーミスターを置き,温度調節器と連動させて,皮膚温をもとに自動的に器内温度を調節するサーボコントロール方式による皮膚温制御式のものとがある。児の身のまわりの清潔や栄養補給などのための操作は,ボックスに開けられた小窓を通じて行う。さらに酸素供給のための装置や,経皮血中酸素分圧測定装置,呼吸監視装置,黄疸時の光線療法装置,輸液用装置などが,必要に応じて組み合わされる。
未熟児の至適環境は,在胎週数,出生時体重,器質的あるいは機能的異常の有無で微妙に異なるので,温度,湿度,器内酸素濃度などが,児の条件に応じて自由に調節できるようになっている。
→未熟児
執筆者:澤田 啓司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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未熟児や異常のある新生児の医療を目的としてつくられた保温器で、インキュベーターともよばれる。
[編集部]
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