生物の細胞や器官などには、刺激の強さがある限界値(閾値(いきち))以下では反応がなく、それ以上では刺激の強さに関係なくつねに最大の反応を示すものがある。そのような刺激反応系における反応の現れ方を全か無かの法則と言い表し、悉無律(しつむりつ)ともよぶ。神経軸索などにみられる典型的な興奮性膜では、刺激によって膜電位がある限界値を超えてゼロに近づくと、刺激の大きさとは関係なく、一定の振幅と時間経過をもった活動電位を発生する。横紋筋繊維の細胞膜も通常、全か無かの法則に従う活動電位を発生し、それによって制御されている筋収縮も、この法則に従うこととなる。しかし、個々の繊維の反応がこの法則に従っていても、多くの繊維を含む筋肉全体の反応は、刺激の強さに応じて段階的に変化する。それは個々の繊維の閾値が異なるため、刺激が強くなるにしたがって反応する繊維の数が増加するためである。
全か無かの法則は、カエルの心臓を用いた実験の結果に基づき、バウディッチH. P. Bowditchが1871年に提唱した。心臓では筋繊維が機能的に連絡しており、一か所で生じた興奮が心臓全体に伝播(でんぱ)するため、器官全体としてもこの法則に従う反応を示すものである。神経繊維や骨格筋繊維の興奮などはこの法則に従うが、感覚器官における受容器電位、筋小胞体より放出されるカルシウムイオン(Ca2+)に対する収縮機構の反応など、刺激に対して段階的反応をするものも多い。また中枢神経において全か無かの法則に従わず、スパイク電位を発生しないニューロンも知られている。
[村上 彰]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…単一の活動電位によっておこる短い収縮を単収縮という。活動電位は〈全か無かの法則〉(ある一定以上の強さの刺激が与えられたとき初めて反応がおこり,それ以下ではまったく反応がみられず,また逆にそれ以上はいかに強い刺激を与えても反応は変わらない,という法則)にしたがうので,単収縮も全か無かの法則にしたがう。活動電位が短期間にくり返し発生すると,単収縮は加重して大きな持続的収縮すなわち強縮がおこる。…
…生物に作用して特定の反応をひきおこす要因を,一般に刺激という。ふつう,外的条件の変化がそれに対応した感覚器でとらえられて刺激となるが,気温の変化のように全身的に作用する場合もある。刺激によってひきおこされる反応には,反射的におこるまばたきのように局部的な場合もあり,特定のリリーサー(または鍵刺激)によって特定の行動が解発されるときのように全身的なものもある。また一時的なものでなく,形態形成のように持続的な反応がひきおこされる場合もある。…
…神経組織によって構成される器官系をいう。生体の特徴の一つは,刺激に対して反応することである。これは1個の細胞についてもいえることで,例えばアメーバのような単細胞生物を針で突いて刺激すると,刺激された部分とは反対の方向へ偽足を伸ばして刺激を避けようとする。一方,多細胞生物になるとしだいに細胞の役割分担がはっきりしてきて,幾種類かの細胞群の分業的かつ協調的な働きによって生体の機能がまっとうされるようになる。…
…さらに,いき値以上の強さの刺激が加わると活動電位が発生するが,いき値以下の強さの刺激では活動電位は生じない。この性質は〈全か無かの法則〉と呼ばれている。細胞内記録法やパッチクランプと呼ばれる方法を用いて,神経細胞の示す電気現象を手がかりに,活動電位の発生のしくみやその特徴などを明らかにする研究は,神経生理の重要な一分野である。…
※「全か無かの法則」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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