冬頭王塚古墳(読み)ふゆとうおうつかこふん

日本歴史地名大系 「冬頭王塚古墳」の解説

冬頭王塚古墳
ふゆとうおうつかこふん

[現在地名]高山市冬頭町

市内平坦部の比較的北寄りにあり、平地地形を基盤として築造されていた。昭和四五年(一九七〇)国道四一号高山バイパス工事に先立ち緊急発掘調査が行われた。東西径約二〇メートル・高さ約五メートルの二段築成の円墳。墳丘南東部の深い位置に河原石を積上げ、間隙粘土を張詰めた長方形の竪穴石室が、長軸を北西から南東に向け二つ並存していた。一号石室(西側)遺体は北を枕に二号石室(東側)の遺体は南を枕に葬られていたが、遺存した歯や骨から一号石室の被葬者は一八、九歳の若年者、二号石室の被葬者は成人であることが判明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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