分倍河原(読み)ブバイガワラ

デジタル大辞泉 「分倍河原」の意味・読み・例文・類語

ぶばいがわら〔ブバイがはら〕【分倍河原】

東京都府中市の旧地名多摩川北岸の分梅ぶばい町のあたり。元弘3年(1333)に新田義貞鎌倉幕府軍を破った地。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「分倍河原」の意味・わかりやすい解説

分倍河原
ぶばいがわら

東京都府中市、JR南武線と京王電鉄京王線の交差する分倍河原駅付近の地区名。分梅(ぶばい)とも記し駅の南方に分梅町がある。多摩川(たまがわ)左岸低地で、かつては、この付近に多摩川が流れていたといわれ、南方の多摩市関戸(せきど)とともに鎌倉街道筋の交通の要地で宿(しゅく)駅があった。1333年(元弘3・正慶2)新田義貞(にったよしさだ)が北条泰家(やすいえ)の大軍を破った古戦場で知られる。分倍の地名の由来は不明である。駅は、ハケとよばれる武蔵野(むさしの)台地崖端(がいたん)にある。

沢田 清]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「分倍河原」の意味・わかりやすい解説

分倍河原
ぶばいがわら

東京都府中市南部の多摩川沿岸の旧地名。元弘3=正慶2 (1333) 年,新田義貞,北条泰家両軍が戦った分倍河原の戦いの際の古戦場跡である。現在は住宅進出著しい。 JR南武線,京王電鉄京王線の分倍河原駅にその名が残る。

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世界大百科事典(旧版)内の分倍河原の言及

【永享の乱】より

… このため憲実は幕府に援軍を求め,幕府も関東・奥羽の諸氏に持氏追討令を発し,駿河今川,甲斐武田,信濃小笠原氏らの近隣諸国守護が関東に攻め込んだ。憲実も越後・上野の兵を率いて10月19日武蔵国分倍河原(ぶばいがわら)に着陣し,持氏の降伏を待った。鎌倉を守っていた三浦時高は持氏に反し,憲実に応じて,11月1日に大倉御所を焼いた。…

※「分倍河原」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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