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加藤友三郎【かとう・ともさぶろう】

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  • 朝日日本歴史人物事典の解説

  • 生年: 文久3.2.22 (1863.4.9)
    没年: 大正12.8.25 (1923)
    明治大正期の海軍軍人。政治家。広島藩士加藤七郎兵衛と同藩士山田重蔵の娘竹の子。明治13(1880)年海軍兵学校卒業,22年海軍大学校卒業。日清戦争(1894~95)では「吉野砲術長として豊島海戦などで功績を残す。日露戦争(1904~05)では連合艦隊参謀長として旗艦「三笠」の艦橋にあって日本海海戦(1905)の陣頭指揮に当たった。軍政家としても有能で日露戦争後の海軍拡張計画を,海軍次官として推進。このため,大正2(1913)年の大正政変に際しては,海軍大臣として入閣を求められたが拒否,清浦奎吾内閣を流産させている。以後,第1艦隊長官を経て,八代六郎の後任として同4年,第2次大隈重信内閣の海相となり,大将に進む。ひきつづき寺内正毅,原敬,高橋是清各内閣の海相を務めた。この間,日露戦争後以降,海軍が待望していた「八八艦隊計画」の予算化に成功している。しかし日本の国力自覚し,同10年から翌年にかけてのワシントン会議では,首席全権として軍縮条約などを締結して英米両国との建艦競争休止に努めた。同11年,高橋内閣に代わって首相(海相兼任)に就任。「残燭」(消え残った灯)と称されたが,軍縮やシベリア撤兵実行,ワシントン会議の実を挙げるとともに,内政面では行政および財政整理遂行した。現職中に胃がん死去,子爵,元帥となる。<参考文献>宮田光雄『元帥加藤友三郎伝』
    (小池聖一)

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  • 世界大百科事典 第2版の解説

  • かとうともさぶろう【加藤友三郎】
     
    1861‐1923(文久1‐大正12)
    海軍軍人,政治家。安芸広島藩士出身。海軍兵学校(7期)卒業。日清戦争にはイギリス建造された軍艦吉野の砲術長として黄海の海戦,旅順口の占領などに従い,日露戦争では第2艦隊参謀長,のち連合艦隊参謀長として東郷平八郎司令長官を補佐し,日本海海戦でバルチック艦隊全滅させた。その後,海軍次官,呉鎮守府司令長官を経て,1915年に大隈重信内閣の海相に就任し大将昇進した。引き続き寺内正毅,原敬,高橋是清内閣の海相を歴任し,この間,21年にワシントン会議の全権委員をつとめる。・・・

    ▼加藤友三郎について記述のある項目
     大正時代【たいしょうじだい】

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  • デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

  • 加藤友三郎 かとう-ともさぶろう
     
    1861-1923 明治-大正時代の軍人,政治家。
    文久元年2月22日生まれ。日清(にっしん)戦争出征。日露戦争では連合艦隊参謀長として日本海海戦を指揮。第2次大隈内閣の海相となり,海軍大将に昇進。大正10-11年ワシントン会議に首席全権として出席,海軍軍縮条約に調印。翌年首相となり,軍縮,シベリア撤兵を実行した。大正12年8月25日死去。63歳。安芸(あき)(広島県)出身。海軍大学校卒。
    格言など】国防は軍人の専有物に在(あ)らず(ワシントン会議から送った書簡)
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    書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

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  • デジタル大辞泉の解説

  • かとう‐ともさぶろう 〔‐ともサブラウ〕 【加藤友三郎】
     
    [1861~1923]軍人・政治家。元帥・海軍大将。広島の生まれ。日露戦争時、連合艦隊参謀長。ワシントン会議に首席全権委員として出席。のち首相となり、シベリア撤兵、陸海軍の軍備縮小、山東還付などを行ったが、在任死亡
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  • 百科事典マイペディアの解説

  • 軍人,政治家。安芸(あき)広島藩士出身。海軍大将,元帥。連合艦隊参謀長として日露戦争に参加,海軍次官を経て1915年以降大隈(第2次)・寺内・原・高橋是清内閣の海相を歴任,その間ワシントン会議の全権となる。 (1861-1923)
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  • 大辞林 第三版の解説

  • かとうともさぶろう【加藤友三郎】
     
    (1861~1923) 海軍軍人・政治家。元帥。広島県生まれ。日露戦争の連合艦隊参謀長。四度,海相を歴任。ワシントン軍縮会議の首席全権。翌年首相。

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加藤友三郎に近い言葉→加藤友太郎|伊井友三郎|佐野友三郎|高木友三郎|田中友三郎|加藤藤三郎|加藤助三郎|加藤村三郎(4代)|加藤村三郎(3代)|加藤村三郎(5代)

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