北方陣屋跡(読み)きたがたじんやあと

日本歴史地名大系 「北方陣屋跡」の解説

北方陣屋跡
きたがたじんやあと

[現在地名]一宮市北方町北方 本郷

天明元年(一七八一)五月、所付代官制の採用により佐屋さや(現海部郡佐屋町)水野みずの(現瀬戸市)とともに設置され、その管轄地域は葉栗郡の全部、丹羽中島郡の一部、さらに美濃国にまで及び、計七一ヵ村、惣高にして八万七千一九三石余の広範な地域に及んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

五節舞

日本の上代芸能の一つ。宮廷で舞われる女舞。大歌 (おおうた) の一つの五節歌曲を伴奏に舞われる。天武天皇が神女の歌舞をみて作ったと伝えられるが,元来は農耕に関係する田舞に発するといわれる。五節の意味は...

五節舞の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android