北面村(読み)きたもむら

日本歴史地名大系 「北面村」の解説

北面村
きたもむら

[現在地名]倉吉市北面

穴沢あなざわ村の南東四王寺しおうじ山の北麓に位置する。古くは北茂きたも村と記された(正保国絵図)。拝領高は一二九石余、本免四ツ八分。多羅尾氏の給地があった(給人所付帳)。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」では高一五〇石余、竈数一六。田上たかみ(高見)大明神を祀っていた。幕末の六郡郷村生高竈付では生高一六六石余、竈数二一。藪役銀一一匁を課されていた(藩史)。文化一四年(一八一七)産土神の高見たかみ大明神の社地替えを願い、中峯なかみねに移すことが許された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

五節舞

日本の上代芸能の一つ。宮廷で舞われる女舞。大歌 (おおうた) の一つの五節歌曲を伴奏に舞われる。天武天皇が神女の歌舞をみて作ったと伝えられるが,元来は農耕に関係する田舞に発するといわれる。五節の意味は...

五節舞の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android