南部再建[アメリカ合衆国](読み)なんぶさいけん[アメリカがっしゅうこく](英語表記)Reconstruction of the South

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

南部再建[アメリカ合衆国]
なんぶさいけん[アメリカがっしゅうこく]
Reconstruction of the South

アメリカ南北戦争後,南部連合に属した南部諸州を連邦に復帰させるためにとられた政治的,経済的,社会的諸政策。公民権法や再建法を中心とする諸措置がとられた時期をさす場合もある。 1865年4月 11日の演説で A.リンカーン大統領は,南部諸州の連邦復帰の構想を明らかにし,次いで A.ジョンソン大統領が5月 29日南部に対する漸次的な連邦復帰の改革案を公表した。南北戦争後,議会の主導権は北部産業資本家,金融業者の政治的代弁者である共和党急進派の手に帰し,66年秋の選挙では上下両院の3分の2以上を占め,彼らが組織した両院の再建協同委員は,ジョンソンの南部再建政策に反対した。 67年3月議会は再建法 Reconstruction Actsを可決し,南部をテネシー州を除く5区の軍政地域に編成して軍政を行い,黒人普通選挙を含む州憲法制定を条件として州政府の樹立を認め,諸州は憲法修正第 14条 (公民権法を実質とする) を承認することを条件に連邦議会への代表選出が許されることになった。 68年共和党急進派はアーカンソーなど7州の復帰を認め,70年には残りのバージニアなど3州も連邦に復帰した。さらに「1877年の妥協」によって,ルイジアナ,フロリダから連邦軍隊が撤退し,政権も南部白人に戻り,再建は一応終了した。しかし,経済面では当初から再建は放置されて,むしろ北部資本の植民地と化し,また黒人もシェア=クロッパー制のなかに再編されていった。

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