単純ヘルペスウイルス脳炎(小児)(読み)たんじゅんヘルペスウイルスのうえん(しょうに)(英語表記)Herpes simplex virus encephalitis(Children)

六訂版 家庭医学大全科 の解説

単純ヘルペスウイルス脳炎(小児)
たんじゅんヘルペスウイルスのうえん(しょうに)
Herpes simplex virus encephalitis(Children)
(感染症)

どんな感染症か

 単純ヘルペスウイルス(1型と2型があり、口唇(こうしん)小水疱(しょうすいほう)ができる口唇ヘルペスなどを起こします。脳炎は1型がほとんど)が脳の中に侵入し、神経細胞などで増殖して、神経系の細胞を破壊する病気です。したがって重い神経症状が出現し死亡に至ることもあり、後遺症を残すことも多い怖い感染症です。

 小児急性の脳炎・脳症としては、インフルエンザ脳症などが知られています。ウイルスが脳で増える「脳炎」としては、この単純ヘルペスウイルス脳炎が最も頻度が高く、小児では年間約50例が発症していると考えられています。

症状の現れ方

 成人の単純ヘルペスウイルス脳炎と異なり、多くは発熱とともに急激に発症します。神経の症状としてはけいれん、意識障害、構音(こうおん)障害(言葉が出にくい)などが多いです。しかし、小児期の他の病因に比べても、単純ヘルペスウイルス脳炎に独特な症状はありません。この時「口唇ヘルペスや口内炎」を同時に起こしていることはまれです。発症年齢は6歳未満が多いですが、小児期のどの年齢層にもみられます。流行性はありません。

 しばしば再発するので、退院後も注意深く症状を見守りましょう。

検査と診断

 神経の障害をみる検査とウイルスを検出する検査があります。

<1>脳の画像検査、すなわち頭部コンピュータ断層撮影(CT)、頭部磁気共鳴画像(MRI)で、脳の側頭葉・前頭葉などに異常を認めます。脳波は、ほぼ全例で異常を認めます。

<2>ウイルスを検出する検査(確定診断で重要)では、髄液(ずいえき)を用いたPCR法による単純ヘルペスウイルス­DNAの検出が、現在、最も有効です。ただ残念なことに、結果が出るのに数日間かかることが多いのです。そのほか、髄液中の抗体を測る補助診断もあります。

治療の方法

①全身状態を管理し、けいれんを止める

 まず、状態が悪くなった時、全身の管理が重要です。呼吸(酸素を十分あげること)、循環管理(ショック状態の時など)、輸液(ゆえき)・栄養管理、電解質バランスの維持などがあります。また、けいれんを起こしていることが多いので、それを止めることも大事です。そのためには、フェノバルビタール筋注、フェニトイン静注、ジアゼパム静注、ミダゾラム静注、チオペンタール静注などいろいろな抗けいれん薬が使われます。呼吸状態によっては、人工呼吸器を使うこともあります。

②抗ヘルペス薬

 単純ヘルペスウイルスには、インフルエンザよりもずっと早く、約25年前から有効な抗ウイルス薬アシクロビル)が使われています。前述のように検査結果が出るのに時間がかかるので、「強く疑った段階」でアシクロビルを使いはじめ、診断がついた時点で継続か中止かを決めるのが一般的です。近年では、できるだけ大量のアシクロビル(標準量の約3倍)を早期に使うことが推奨されています。

予後について

 アシクロビルの普及する以前は、約80%の小児が死亡していました。この薬をできるだけ早く、また大量に使うことで予後が大幅に改善され、致命率は10%、後遺症は約3人に1人となっています。後遺症が残りそうであれば、早期にリハビリテーションを始めることが大切です。

森島 恒雄

単純ヘルペスウイルス脳炎(成人)
たんじゅんヘルペスウイルスのうえん(せいじん)
Herpes simplex virus encephalitis (Adults)
(感染症)

どんな感染症か

 単純ヘルペスウイルス脳炎の成人例は、三叉神経節などに潜伏していた単純ヘルペスウイルスが活性化し、神経を上向して脳にいき、脳炎を起こします(図1)。世界中で起こり地域性はありません。

 日本では年間約350人が発症しますが、散発性に起きる脳炎のなかで最も頻度が高く、かつ急速に重症化することが多いものです。つまり、早く適切な治療を受けないと死亡したり高度後遺症を残す病気で、緊急対応が必要です。

 抗ヘルペスウイルス薬であるアシクロビルの開発により、6~7割の患者さんが亡くなられた以前の状況から、約2割の死亡率に減少しています。しかし、現在でも約3~5割の患者さんは死亡あるいは高度後遺症を残し、社会生活に復帰できる方は約半数です。脳はほかの臓器と異なり極めて再生能力が乏しい臓器ですから、時間単位の早期の診断と治療が大変重要となる病気です。したがって、できるだけ早く専門的な医師を受診することが必要です。

症状の現れ方

 多くは、比較的急速に発熱・頭痛・けいれん・精神症状(わけのわからないことを言ったり、行動したりする)などの症状を示し、その後に意識障害に陥ります。重症だと数時間で昏睡になります。これらの症状が最初からすべて現れるとは限らず、最初は熱がなく精神症状のみで発症し、その後に発熱や意識が悪化する場合があります。したがって、突然の精神症状が現れた場合、このような病気もまれながらあるとの認識が大切です。

検査と診断

 診断は、発熱・意識障害など脳炎を示す症状に、髄液検査でリンパ球優位の細胞増加、蛋白濃度の増加を認め、さらに、脳のMRI検査で側頭葉の底部内側を中心に異常を認めたり、脳波検査で周期性一側性てんかん型放電をみるなど、比較的特徴的に出現する所見を認めれば、この病気を疑いすぐに治療を開始します。

 確定診断は、髄液を用いたPCR法という高感度にウイルスのDNAを検出する検査法で陽性であることや髄液中のウイルスの抗体価の測定結果により行われます。

治療の方法

 診療ガイドラインでは、病気を疑った段階(原因が確定する前)で、できるだけ早くアシクロビルの治療を始めることがすすめられています(図2)。最近の研究では、この病気の治療にアシクロビルと副腎皮質ステロイド薬の併用療法が予後の点からよいとする報告があります。

病気に気づいたらどうする

 この病気は早期に適切な治療を迅速に開始することが重要ですから、ただちに神経内科を受診すべきです。予防法はありません。

亀井 聡


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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