日本歴史地名大系 「厚狭村」の解説
厚狭村
あさむら
[現在地名]山陽町大字厚狭・大字鴨 ノ庄
厚狭盆地の北東部に位置し、北半分は中国山地に連なる高地。村のほぼ中央を厚狭川が南流し、その左岸に沿って北から
「和名抄」にある「厚狭郷」は、厚狭村と末益村辺りに比定されている。村内鴨ノ庄辺りは平安時代末には
慶長五年(一六〇〇)と同一五年の検地帳にはこの一帯を「鴨庄」と記す。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
厚狭盆地の北東部に位置し、北半分は中国山地に連なる高地。村のほぼ中央を厚狭川が南流し、その左岸に沿って北から
「和名抄」にある「厚狭郷」は、厚狭村と末益村辺りに比定されている。村内鴨ノ庄辺りは平安時代末には
慶長五年(一六〇〇)と同一五年の検地帳にはこの一帯を「鴨庄」と記す。
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