江戸中期の地理学者。備中(びっちゅう)国下道郡新本村(岡山県総社市)の薬種業兼医師の家に生まれる。名は正辰(まさとき)または辰と略す。字(あざな)は子曜、通称平次兵衛。号は古松軒のほか黄微山人、竹亭ともいう。少年期から地理学に親しみ、各地を旅行し、生涯を通じて全国を歩いた。1783年(天明3)山陽道から九州を一巡し、瀬戸内を航行した旅行記『西遊雑記』と、1788年奥州から蝦夷(えぞ)地に渡った旅行記『東遊雑記』は当代紀行文学として名高い。1793年(寛政5)老中松平定信(さだのぶ)に招かれて出府、下問にこたえ、著書や地図を献じた。翌1794年武蔵(むさし)国の地理調査を命ぜられ、半年余の調査結果を『四神地名録』『武蔵国御府外之地図』にまとめて奉呈した。紀行誌にはほかに『帰郷信濃噺(しなのばなし)』『都の塵』『八丈島筆記』などがあり、『備中国全図』『蝦夷全図』などの地図も作成している。『地勢論並に軍勢人数論』『御用諸事留書』『古川反故(ほご)』などには経世家としての一面もうかがえる。
[石山 洋]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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