吉永八幡宮(読み)よしながはちまんぐう

日本歴史地名大系 「吉永八幡宮」の解説

吉永八幡宮
よしながはちまんぐう

[現在地名]豊浦町大字吉永 中村

吉永川の北方高台に鎮座し、祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后。旧村社。

源範頼が長門一宮住吉すみよし神社(現下関市)に寄進した吉永庄鎮守であったと思われ、付近の八幡神が宇佐うさ八幡宮(現大分県宇佐市)勧請と伝えるのに対し、当社は鎌倉の鶴岡つるがおか八幡宮よりの勧請と伝える。豊浦藩明細書に「八幡宮・住吉宮相殿 此両社吉永村・涌田村両村氏神、祭日九月十一日」とあるように、古くは一宮住吉神社も祀られていた。

現在、一宮住吉神社・吉母若宮よしもわかみや神社・吉見竜王よしみりゆうおう神社(現下関市)黒井くろい杜屋もりや神社などとともに大忌祭神事が行われるが、祭日は一一月七日で、当地方の祭では時期が遅く、「吉永の祭で、あとからおじゃれ」という俚諺がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android