呼吸運動は胸腹部の呼吸筋の協調性活動により維持され,呼吸筋の活動は脳,脊髄の広い領域に分布する多数の運動ニューロンによって支配されている。これらの運動ニューロンを統合的に制御しているのが中枢神経系にある呼吸中枢であり,この制御によって規則正しい吸息運動と呼息運動の交代が起こる。脳幹部の中枢四丘体下縁よりも上方での神経軸の横切断によっては呼吸運動にほとんど変化がなく,脊髄を延髄と連なるところで切断すると横隔膜の運動は停止するが,脳神経に支配されている口唇,鼻翼,喉頭の動きのような筋肉の補助的呼吸運動は続くことも確かめられている。呼吸中枢は脳幹の橋から延髄にかけて位置し,機能的に単一な中枢ではなく,呼息と吸息の交代と呼吸調節を行うために必要ないくつかの機能をあわせもち,いくつかのサブシステムから成り立っている複合的中枢と考えられる。
呼吸中枢の機能として次の三つがある。(1)中枢内で自動的に呼吸リズムの源となる周期的興奮をつくりだす。(2)呼吸中枢に収束してくる呼吸調節にあずかる神経性および化学的調節による求心性入力を受けとり,呼吸リズムの原形を生体の内,外環境変化にふさわしい形に修飾する。呼吸の随意的調節はこの働きによっている。(3)修飾された呼吸リズムを脊髄,脳神経核に位置する呼吸筋,補助呼吸筋を支配している運動ニューロン群へ呼吸リズムを送って,呼吸運動を制御する。呼吸中枢内部で起こる呼吸リズムの成立は,他からの影響なしに自動的に形成され,呼吸運動は自律的に維持されている。
呼吸リズム形成機構の局在とリズム形成のメカニズムをめぐって三つの説がある。(1)延髄で正常呼吸リズムがつくられるとする説で,延髄内の機構の所在については,(a)延髄網様体,(b)延髄の背側部と腹側部のそれぞれ限局した部位とする2通りの考え方がある。(2)延髄でつくられるあえぎgasping型(短い吸息と呼息からなる呼吸運動が長い休止期をおいて周期的に現れる呼吸型)のリズムが基本となって,これが橋からの下行性影響をうけて正常呼吸型となる。(3)橋と延髄の両部位にかけてリズム形成機構が存在すると考える説で,橋から延髄にかけて持続した吸息性興奮を続ける性質をもつ持続性吸息中枢または吸息中枢があり,この興奮が橋上部の呼吸調節中枢または肺迷走神経求心路から延髄の呼息中枢を経由する抑制作用によって周期的に抑制されて正常呼吸型リズムがつくられるという。最近の神経生理学的研究法を用いて,自発的に呼吸周期に一致するリズム活動を示す呼吸性ニューロンの脳幹での分布状態,生理学的性質,とくに迷走神経はじめすべての求心神経を切断して,橋,延髄,脊髄の呼吸性ニューロンのリズム活動の自動性の大小を比較した研究によって,延髄の呼吸性ニューロン群が最も高い自動的興奮能力をもっていることが確認された。このことから,先にあげた諸説のなかで(1)の延髄で正常呼吸型リズムがつくられると説明する説が最も実験結果に符合することとなり,この説に賛成する研究者が多い。したがって延髄にある正常呼吸リズム形成神経機構と連絡している呼吸調節中枢,持続性吸息中枢,吸息中枢,呼息中枢および肺迷走神経求心路は呼吸リズムの基本をつくりだす過程にあずかることはなく,これらの中枢は延髄のリズムの基本を修飾する働きをもっている呼吸中枢複合系内のサブシステムとみなされる。また,持続性吸息,あえぎ型の特殊な呼吸型は,特別な中枢の活動を反映するのではなく,呼吸中枢の活動状態が異常をきたした場合に可逆的に現れる過渡的異常呼吸型であることも実験的に確認されている。
呼吸リズム形成機構の延髄内部での局在については,二つの説をめぐってなお論議されている。脳幹部には網様体とその周辺部位に多数の呼吸性ニューロンが分布している。第1の説では,延髄の網様体の呼吸性ニューロンが分布する範囲がこの機構の局在部位であると考え,第2の説では,延髄の背側部で呼吸性ニューロンのサブグループの一つである吸息性ニューロンが集まっている狭い領域(dorsal respiratory group,DRG)と,腹側部で上方に吸息性,下方に呼息性ニューロンが集合している限局した部位(ventral respiratory group,VRG)の両方を,この機構の所在部位と考える。最近,動物でDRGとVRGの局在部位を限局的に破壊したときの呼吸リズムの存否が研究され,両部位のニューロン群の機能が失われた後にも呼吸リズムが続くことが確認された。したがって,DRG,VRGの局在部位は延髄の呼吸リズム形成神経機構の所在部位ではなく,網様体の呼吸性ニューロンについての研究成績から考えて,延髄の網様体がこの機構の所在部位と考えられるようになってきている。
呼吸性ニューロン群には吸息相,呼息相に活動電位を発射する多数の吸息性・呼息性ニューロンと,少数の呼吸周期と関連しているが発射位相の異なるものが含まれ,これらのニューロンは橋,延髄,脊髄に広く,例外的に相対的な集合を示す部位を除いて,入り混じって散在している。吸息性ニューロン,呼息性ニューロンはそれぞれ機能的に結びついていて,ニューロンの神経回路網をつくっているものと考えられている。吸息性ニューロン群と呼息性ニューロン群の間には拮抗的な関係があって,一方の興奮は他方を抑制し,吸息と呼息の交代の基本的神経過程となっていると推定されている。延髄網様体の吸息性ニューロンと呼息性ニューロン群のなかの一部のものが,ここに局在する呼吸リズム形成神経機構の基幹的神経要素であろうと考えられているが,自動的リズム興奮を繰り返すメカニズムは,まだ十分に明らかではない。一部のニューロンの特殊な性質(ペースメーカー的機能)によるのか,それともいくつかの吸息性または呼息性ニューロンどうしがそれぞれ閉回路をつくっていて回路の周期性発振を起こすのかについて,研究者の意見が一致せず,現在,研究が続けられている。
→呼吸
執筆者:福原 武彦
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…男子では女子に比べて腹式呼吸の割合が大きく,とくに高齢者ではこの割合がさらに大きくなるが,これは加齢による胸郭の伸展性の減少のためと考えられている。 呼吸運動は,脳幹部の呼吸中枢で形成される自動的周期性興奮が,呼吸筋支配運動ニューロンを経由して呼吸筋へ送られることによって起こる。たとえば横隔膜は,第3・4頸髄の運動ニューロン群から発する横隔神経に支配されているので,それ以下のレベルでの脊髄損傷で肋間筋の運動麻痺が起こっても,横隔膜による呼吸運動は続けることができる。…
※「呼吸中枢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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