咋岡神社(読み)くいおかじんじや

日本歴史地名大系 「咋岡神社」の解説

咋岡神社
くいおかじんじや

[現在地名]田辺町飯岡 東原

飯岡いのおか山の東斜面の中腹にあり、木津きづ川の流れが眼下に広がる。祭神宇賀之御魂うかのみたま神と菅原道真。もと天満宮と称したが、明治一〇年(一八七七)「延喜式」神名帳の綴喜つづき郡にみえる「咋岡クヒヲカ神社鍬靫」に治定され、現社名に改められた。旧村社。古くは飯岡の北部みやもりにあって飯岡ほか二村の総社であったが、永享年間(一四二九―四一)洪水の難に遭い田辺・草内くさじ・飯岡の三村(現田辺町)に分祀された。

咋岡神社
くいおかじんじや

[現在地名]田辺町草内 宮ノ後

草内くさうち集落の南端水田に囲まれた森の中に鎮座する。祭神は倉稲魂うかのみたま神と菅原道真。旧村社。創祀の由緒は明らかでないが、建治年間(一二七五―七八)創建とも伝える。しかし永享年間(一四二九―四一)飯岡いのおか(現田辺町)の北部みやもりの天満宮から分祀されたともいい、祭神から考えてこのほうが妥当かと思われる。前者は近くの法泉ほうせん(現同町)の鎮守社として、何らかの神が現在の社地付近にまず祀られたことをいっているのかもしれない。

咋岡神社
くいおかじんじや

[現在地名]峰山町字赤坂 家向

赤坂あかさかの中央東側山麓に鎮座。篠箸しのはし神社ともいい、明治前は篠箸大明神と通称した。祭神は保食神。「延喜式」神名帳にみえる丹波郡咋岡神社に比定される。旧村社。

「丹後旧事記」によれば、咋岡神社は往古久次ひさつぎ村の咋石くいいし(久次岳)に祀られていたのを、一色氏の将飯田越前が吉原よしわら庄嶺山に移し、その後赤坂村へ移したという。「峰山古事記」にも峯山藩初代京極高通の時、峯山町経営のために篠箸明神を赤坂村へ移したことが記される。久次村に神所段(しんしょだん・じんじょだん)という所があり、ここが咋岡神社の旧鎮座地という伝承がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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