アメリカ人宣教医のヘボンが編纂(へんさん)した、日本で最初の「和英辞典」。後半に「英和の部」がつく。1859年(安政6)の来日以来、医療活動を通じて採集したあらゆる階層の日常語と、『日葡(にっぽ)辞書』など文献から学習した文章語を、これから来日する宣教師の日本語学習のため、将来の聖書和訳のためにと、集大成したものである。1866年(慶応2)に上海(シャンハイ)で印刷、翌1867年発行された初版が日本人からも非常な好評を博し、1872年(明治5)の再版(欧文名をA Japanese-English and English-Japanese Dictionaryに改題)、1886年の3版(和文名を『改正増補 和英英和語林集成』に改題)まで、ヘボン自身による改訂増補が行われた。ヘボンの手を離れて以後も、1910年(明治43)の9版に至るまで刊行が続き、縮約版、翻刻版も出版された。中核である第1部「和英の部」は、外国人のために日本語の意味、用法を詳しく記述したもので、『言海』など近代的国語辞典の先駆けといわれる。また、見出し語数は、初版が2万語、再版が2万3000語、3版が3万5000語と大きく増補され、西洋からの事物、概念を表す日本語語彙(ごい)が増大したことを反映している。第2部「英和の部」は、初版の印刷中に英単語に対する日本語の同義語を掲出する目的で急きょ書き上げられ、初版では「Index」という位置づけだったが、再版からは品詞表示も施され、表題も「Dictionary」と改められた。こちらの見出し語数は、初版が1万語、再版が1万4000語、3版が1万6000語と「和英の部」ほどの増補ではないが、訳語の異同は著しく、初版では英語を江戸の日常語に置き換え、再版では定訳のない語を句で説明したものが目だったが、3版では明治前期に生まれた新しい訳語が多数採用され、日本人による英和辞書に先駆けているものもある。「和英の部」にない語彙が「英和の部」にみられる例も多く、「和英の部」を補う日本語語彙資料として位置づけられる。使用しているローマ字表記も版ごとに異なり、3版編集時に羅馬字会(ろーまじかい)からの要請で採用した綴(つづり)方が、いわゆる「ヘボン式ローマ字」として普及した。初版、再版、3版は、それぞれ北辰、東洋文庫、講談社学術文庫から復刻版が出され、近代日本語研究に欠かせない基本資料として利用されている。
[菊地 悟 2018年2月16日]
『森岡健二編著『近代語の成立 明治期語彙編』(1969・明治書院)』▽『望月洋子著『ヘボンの生涯と日本語』(1987・新潮社)』▽『飛田良文・菊地悟共編『和英語林集成初版訳語総索引』(1996・笠間書院)』▽『山口豊編『和英語林集成第三版訳語総索引』(1997・武蔵野書院)』▽『飛田良文・李漢燮編『ヘボン著和英語林集成 初版・再版・三版対照総索引』全3巻(2000~2001・港の人)』
J.C.ヘボン編の和英辞典。1867年(慶応3)刊。日本最初の和英辞典で,ヘボンはキリスト教禁制下にあって,将来の宣教事業に役立てる目的で編集した。英文書名は《A Japanese and English Dictionary;with an English and Japanese Index》。和文書名の命名者はヘボンの5人目の日本語教師岸田吟香である。本書は第9版(1910)まで版を重ね,縮約版と翻刻版がある。第2版(1872)から英和の索引が英和の部となり,明治を代表する和英・英和辞典となった。第2版は奥野昌綱が,第3版(1886)は高橋五郎が編集に協力した。第2版と第3版には大幅な増補改訂が行われ,文明開化期の語彙(ごい)のありさまが見出し語に反映している。また,ローマ字の綴り方も初版,第2版,第3版で異なり,第3版で使用した羅馬字会の方式が,今日ヘボン式と呼ばれるものである。
執筆者:飛田 良文
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…フランス人は,シをchi,si,ツをtsou,tsoǔと書いた。英米人によるつづりは,ヘボンの《和英語林集成》(1867)のローマ字が代表する。シをshi,ツをtsu,チをchi,ジをji,ヅをdzu(のち第3版でzuに改める),フをfuと書く。…
※「和英語林集成」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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