日本大百科全書(ニッポニカ) 「嘔吐(サルトルの小説)」の意味・わかりやすい解説
嘔吐(サルトルの小説)
おうと
La Nausée
フランスの作家サルトルの長編小説。1938年刊。アントワーヌ・ロカンタンという人物の日記という形式をとっている。家族もなく、ただひとりブービルという港町に住んで、図書館で調べ物を続けるロカンタンは、ある日突然に平凡な物体を見て吐き気を覚え、その経験をつきつめて、ついに存在の偶然性の発見に導かれる。すべてのものは、たまたま「そこにある」にすぎず、存在することになんの意味もない。人間も同様である。ロカンタンはこれを不条理と名づけるとともに、もののように存在してはいない芸術の世界ではすべてが必然的に配置されていることに気づき、自分も一冊の虚構の作品を書こうと決意を固める。
フッサールとプルーストに深く影響された1930年代のサルトルの思想が、小説の形でみごとに構築されたもので、数年をかけて練り上げたむだのない文体で書かれ、第二次世界大戦後の文学に絶大な影響を及ぼした。
[鈴木道彦]
『白井浩司訳『嘔吐』(1994改訂版・人文書院)』