翻訳|organ
多細胞生物のからだの中で,1種ないし多種の組織から成り,どの個体にも共通する一定の形態・構造と機能をもつ部分のこと。動物体についていえば,例えばヒトの犬歯は象牙質,エナメル質,セメント質,歯髄などいくつかの組織から成る1個の器官である。ふつう器官は複数または複数種類のものが一定のパターンでつながって協調的に作用し,全体として個体の正常な生活を成り立たせる高次の機能を発現する。動物ではこうした器官の組合せを器官系organ systemと呼ぶ。犬歯はその他の歯や食道,胃,腸などの諸器官とともに一つの器官系をなす。このようないくつかの器官系が組み合わさって,個体のからだを構成する。
一つの器官とされるものには,脊椎動物の歯や骨,毛,つめ,無脊椎動物の貝殻や骨片などのいわゆる硬組織や角化組織のように,それぞれが明確な外形をもつものもあるが,大半は明らかな境界をもたない。例えば,胃と腸,植物の茎と根などはそれぞれに一つの器官とされるが,明確な線または面で境されるものではない。また耳,鼻などの器官はそれぞれの主要部分を中心とするある区域が漠然と一つの器官とみなされている。
また,一つの器官系を構成する多数の器官のすべてが同じ次元にあるのではなく,一つの器官の中にさらに下位の器官が含まれている場合が多い。脊椎動物の眼球には虹彩,水晶体など下位の器官と硝子体や網膜など一つの器官とはみなしがたい部分(組織)が含まれる。耳は哺乳類では外耳,中耳,内耳という下位の器官としてよい3部分から成るが,中耳は耳小骨,内耳は半規管や蝸牛殻管といったさらに下位の器官を含んでいる。舌は一つの器官であるが,その表面には舌乳頭,舌腺,扁桃などいくつもの器官があり,さらに舌乳頭にも最下位の器官というべき味蕾(みらい)が開口する。そのほかほとんどの高次の器官について同様のことがいえる。
植物では茎,葉,根,花が基本的な器官とされる。そのうち花は花軸,花冠,おしべ,心皮など下位の器官から成り立ち,さらにこれらが,それぞれ一つの器官と見られるいくつかの部分から成っている。
このように一つの器官が下位の複数の器官を含む場合,その器官は複数の機能をもつことが多い。例えば,鼻は呼吸と嗅覚,耳は聴覚と平衡覚,舌は消化と味覚と発音といった作用をもっている。そのため,一つの器官が同時に複数の器官系に属することになる。植物でも,葉は光合成と物質転換と水分蒸散の機能を兼備している。そのうえ動物では生きた組織のほとんどすべてに共通して,別個の器官系とされる神経や脈管(血管とリンパ管)が行きわたっている。
以上のように,個々の器官や器官系が明確な境界をもたないうえ,複雑に入り組みあった関係にあるのは,器官や器官系の設定が明確な基準によるのではなく,多分に人為的・便宜的な区分に基づいているからである。何を器官とし,何を器官系とするかは,けっして絶対視されるべきものではない。
多くの後生動物(多細胞動物)では,一つの器官系とみなされるものは便宜的に名称をつけて呼ばれ,通常は骨格系,筋系,消化器系,呼吸器系,泌尿器系,生殖器系,脈管(循環器)系,神経系,および感覚器系の9群に類別される。例えば,腕や足の多くの筋肉はそれぞれ一つの器官で,形態的に見て筋系に含められる。多数ある骨もそれぞれ一つの器官で,骨格系を構成する。しかし生理機能の面から見て,これら二つを合わせて運動器系とすることもあり,骨格を支持器系とすることもある。上記の9群のうち骨格系,筋系,脈管系の三つは単に形態的に見た分類であるのに対し,その他は機能から見た分類である。植物では器官系ということばはないが,機能から見て茎,葉,根を栄養器官と総称し,それに対して花を生殖器官とする。
異種の動物または植物の間で,ある器官の形態と機能がどうであっても歴史的起源が同じである場合それらを相同器官(例えばヒトの腕と鳥の翼)といい,逆に起源のいかんにかかわらず形態と機能が似ている場合,それらを相似器官(例えば鳥の翼と昆虫の羽)という。器官や器官系は,名が同じでも相同の場合(例えばヒトの犬歯とイヌの犬歯)と相似の場合(例えばヒトの泌尿器官と昆虫の泌尿器官)とがあるが,いずれも厳密な基準に基づいて認められているものではない。
生理機能から見た器官の概念とは別に,行動上の機能に着目して動物体の外面的なある部分を全体として一つの器官とみなすことがある。場所移動(ロコモーション)に直接関与する四肢,ひれ,尾,羽などを総称した移動器官,食物の取り入れに関与する摂食器官,交尾に用いられる交尾器官などである。このような場合の器官は,骨格系,筋系,脈管系,神経系などいくつもの器官系の総合体を指していることになる。
動物体について〈異質の部分〉(器官,器官系に相当)と〈等質の部分〉(組織に相当)を認めたアリストテレスをはじめとして,西洋の博物学ないし生物学には生物体を器官や器官系の集合体と見る長い伝統がある。その歴史のなかでは,生物体を多くの部分品で組み立てられた機械に見立てる機械論的な考え方もあった。しかし,器官または器官系とされるものは実は便宜的な区分であり,本来は互いに他のものから切り離して考えることができないものであるという点で,機械の部分品とはまったく異質のものである。
なお,単細胞生物では運動,感覚,消化,排出などの作用をもつ器官に類似した特殊な構造が原形質から分化していることが多い。これらは細胞小器官,細胞器官,類器官などと呼ばれ,細胞生物学の重要な研究対象となっている。
執筆者:田隅 本生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
多細胞生物の体内にあって、何種類かの組織からなり、一定の機能を営み、形態的に独立性のある構造をいう。組織はさらに、何種類かの細胞が多数集まってできている。体内において、ある器官の働きはほかの器官と密接な関連をもって営まれていることが多く、それらをまとめて器官系という。たとえば、口から食道、胃、腸、肛門(こうもん)に至る消化管と、唾液腺(だえきせん)、膵臓(すいぞう)、肝臓などの消化腺をあわせて消化系とよぶ。しかし、器官によっては、体から切り離されてもある程度は本来の機能を発揮することができる。器官培養はその例であり、また、体外に取り出された心臓も一定期間は拍動を続ける。ある個体からほかの個体へ器官を移植しても、また、適当な処置をすれば異種の動物の器官を移植しても、機能を営むことがある。単細胞生物の体内にもそれぞれの機能に応じた構造が分化していることが多いが、組織からなるものではないので細胞小器官または細胞器官とよんで区別する。
[川島誠一郎]
動物一般にみられる器官系には、神経、感覚、運動、骨格、消化、呼吸、循環、排出、生殖、内分泌などの諸器官系がある。これらのうち、神経系、感覚系、運動系に属する器官を動物独自のものとして動物性器官、栄養、排出、生殖に関係のある器官は植物にもあるので植物性器官とよんで便宜的に区別することがある。
神経系は、体の隅々にまで張り巡らされた末梢(まっしょう)神経と、神経細胞の集中している脳や脊髄(せきずい)などの中枢神経から成り立っている。集中神経系に対し、腔腸(こうちょう)動物のように神経細胞が散在しているのを散漫神経系という。感覚系は、感覚刺激の受容を行う器官で、受容する刺激と生ずる感覚の種類に従って分ける。それらは、触覚器官、化学的刺激を受容する嗅覚(きゅうかく)器官と味覚器官、位置感覚を生ずる平衡器官、聴覚器官、視覚器官、自己の内部からの刺激を感じる固有受容器などである。運動系は、筋肉の収縮によって動かされる移動のための諸器官(手足、羽、ひれなど)で、骨格系と協同して働くことが多い。骨格系は、動物の体の大きさと形の枠組みを決め、筋肉の付着点となる器官で、脊椎(せきつい)動物では内骨格、無脊椎動物では外骨格が中心となっている。
消化系は、口、食道、胃、腸、肛門に至る消化管と、それに付属する唾液腺、膵臓、肝臓などの消化腺からできている。呼吸系をつくる器官には、肺と気管、えら、昆虫の気管などがある。体表でガス交換を行い、特別の呼吸器官をもたない動物も多い。脊椎動物の循環系は血管系(心臓と血管)とリンパ系(リンパ管、リンパ節、胸腺、脾臓(ひぞう))からなるが、無脊椎動物にはこの区別がない。排出系は、脊椎動物では一般に腎臓(じんぞう)、輸尿管、膀胱(ぼうこう)などの諸器官からなるが、無脊椎動物の排出器官には腎管、触角腺、マルピーギ管など特殊な分化がみられる。生殖系は雄の精巣と雌の卵巣およびこれらに付属する腺と導管、外部生殖器からなる。内分泌系はホルモンを分泌する器官で、神経細胞に由来する組織と上皮性腺組織とがある。
[川島誠一郎]
多細胞体であっても菌類や藻類には組織の分化が少なくて器官とよぶべきものはほとんどなく、これらの体は葉状体といわれるが、シダ植物と種子植物には維管束などさまざまな組織が分化しており、体はいくつかの器官からなる茎葉体である。コケ植物のなかには明らかに器官の分化しているものが多いし、リニアなどの原始的な維管束植物にはほとんど器官分化がないが、一般に器官を論じる対象となるのは維管束植物である。
維管束植物の器官としては茎、葉、根の三つを認めるのが普通である。もう一つの器官として花をあげることもできるが、花は複数の器官からなる複合器官であり、その構成要素は葉と茎であると考えられる。花が生殖器官であるのに対して、茎、葉、根は栄養器官と総称される。根は細長く枝分れしながら地中に伸びて吸水と固着をおもな役目とし、葉は扁平(へんぺい)で空中に広がってクロロフィルの働きで光合成を行い、茎は棒状で地上に立って、しかるべき位置に葉や花をつけるとともに、根と葉や花との間の物質輸送路となるなど、各器官には基本的な形と働きがある。しかし、前述の基本的な状態と著しくずれていることもあり、そのような現象を変態という。
葉が変態して芽を覆う鱗片(りんぺん)や、花を構成する花弁などになっているのは多くの種類に共通する現象で、普遍的変態ともいえるが、特定の種類に限ってみられる変態もある。サツマイモの根が養分を貯蔵し肥大していもになり、ナギイカダの茎が扁平で緑色をして葉状になっているなどがその例である。変態の結果、見かけは互いに大きく異なっていても、本質は同一器官である場合、両者は互いに相同であるという。ジャガイモのいもとトケイソウの巻きひげは、どちらも茎の変態したものであるから、この両者は互いに相同である。一方、見かけが似ていても異質の器官の変態したものであれば、相似という。茎が変態したサイカチの刺(とげ)と、葉が変態したサボテンの刺は互いに相似である。何が変態したものであるかを判定するには、その存在する位置からわかることもあるが、内部構造を調べたり、発生の過程を調べたり、近縁種を比較したり、さまざまな知見を総動員して確認する。
[福田泰二]
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…しかし,各種生物の生活環の各段階における個体性,つまり個体のあり方に応じて,体の概念はさまざまである。例えば,細菌や原生動物の体(細胞体)はいろいろな細胞小器官を含むただ1個の細胞であり,雌雄の別はない。これらの生物の増殖様式は種によって多様だが,1個の個体の単純な分裂や出芽による場合と,2個の個体の合体や接合と分裂とを交互に起こす場合とがある。…
※「器官」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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