四天王寺流(読み)してんのうじりゅう

精選版 日本国語大辞典 「四天王寺流」の意味・読み・例文・類語

してんのうじ‐りゅう シテンワウリウ【四天王寺流】

〘名〙 江戸時代に、平内家などが称した、工匠流派一つ建仁寺流に対するものとし、四天王寺に伝わったものとされるが、実際にはとくに他と異なるところはない。
匠明(1608‐10)門記集「四天王寺流大棟梁之章」

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世界大百科事典(旧版)内の四天王寺流の言及

【平内政信】より

…後者は和歌浦天満宮(1606)と呼ばれて現存し,このほか台徳院霊廟(1632)もあったが第2次大戦で焼失した。同じ大棟梁を務めた甲良(こうら)家の木割を建仁寺流と呼ぶのに対し,平内家の木割は四天王寺流と呼ぶ。大工【西 和夫】。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」